チュニジアに端を発した「アラブの春」から10年がたつも、中東にはいまだ民主主義が根付いていない。それどころか、アラブの春から教訓を得た独裁者たちは、反対派への弾圧を強めている。だが、中東諸国ではこのところ国民の抗議活動による政権交代が相次いでおり、希望はまだ失われていない。

<span class="fontBold">「アラブの春」の始まりから10年を記念し、広場に集まるチュニジアの人々</span>(写真=AFP/アフロ)
「アラブの春」の始まりから10年を記念し、広場に集まるチュニジアの人々(写真=AFP/アフロ)

 「1人の若者をこれほどまでの行為に走らせた抑圧がどれほどのものか、想像がつきますか?」10年前、モハメド・ブアジジ氏が焼身自殺した後、妹のレイラ氏は皆にこう問いかけたという。

 ブアジジ氏はチュニジアで果物売りをしていたが、地元の役人に荷車を押収された。表向きの理由は露天商の許可を得ていないということだったが、実際には賄賂を要求されていたのだ。

 若者にとって、それは究極の屈辱だった。彼は役場の前で「どうやって生きていけというのか」と叫ぶと、自らガソリンをかぶった。

 彼の行為は中東の全域で共感を呼んだ。中東では多くの人々が、同様に我慢の限界に達していたのだ。圧政を敷く指導者と腐敗した国家へのこうした怒りの爆発が、民主化運動へとつながる「アラブの春」を生み出した。

 エジプト、リビア、チュニジア、イエメンの4カ国では国民が蜂起し、独裁者を引きずり下ろした。つかの間ではあったものの、ついにアラブ世界にも民主主義が到来したと皆が思った。

 しかし、それから10年がたった今、10周年の記念行事が開かれるという話はどこに行っても聞かない。あの頃の民主主義的な実験の成果が残っているのは1カ国だけ。それは当然のことながら、ブアジジ氏のチュニジアだ。

 エジプトの試みは、軍がクーデターを起こしたために惨憺(さんたん)たる結果に終わった。リビア、イエメン、シリアは流血の内戦に陥り、外国勢力の介入を招いた。中でもシリアは最悪の状況にある。アラブの春はあっという間に厳しい冬に逆戻りした。多くの者たちは、地域の現状に絶望している。

反対派の芽を摘む独裁者たち

 アラブの春以降、中東では多くの変化があった。だが、それは決してよい方向へと向かうものではない。

 アラブ世界の独裁者たちの立場は、安泰とはほど遠い。原油価格の下落に伴い、産油国の君主でさえ手厚い補助金や政府関連の楽な仕事で国民を懐柔することができなくなっている。

 疑心暗鬼となり、圧政を強める指導者も多い。サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は身内の王族を拘束している。エジプトのアブデルファタハ・シシ大統領はメディアを弾圧し、市民社会を踏みつぶした。独裁者たちがアラブの春から学んだ教訓の一つは「反対派の芽は、広がらないうちに素早く摘み取らなければならない」ということだった。

 中東は2010年当時よりも自由が失われている。恐らく、同時に怒りもたまっているだろう。この地域は戦争と聖戦、難民、そして新型コロナと、絶えず揺さぶられ続けている。

 だがアラブの人々は、もはやかつてのようなみじめな状況に耐えるつもりはない。ある活動家は「変化をもたらす自信は以前よりも付いている」「アラブの春の炎は完全に消え去ったわけではない」と訴える。

 例えば、19年にアラブ諸国をのみ込んだ抗議活動の嵐は、目立った名前こそ付けられていないものの、多くの国の指導者を退任に追い込んだ。それはアラブの春と同じくらいの規模感だ。

 ただ残念ながら、19年に政変が起きたアルジェリア、イラク、レバノン、スーダンは、アラブの春で激変を経験した国々と比べると、さほどうまくいっていないようだ。

続きを読む 2/2 民主化が始まるのはこれから

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