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東地中海の海底で発見された豊富な天然ガス資源を巡って、トルコとギリシャの対立が激化している。トルコはシリア派兵やリビア内戦にも関与しているだけに、対立は多くの国を巻き込み複雑さを増している。米国に代わって秩序を保つ役割はEUに託されており、トルコと対峙する政策を早急に打ち立てることが重要だ。

東地中海の海底資源をめぐり、トルコとギリシャの関係は緊張状態にあるものの、緊張緩和に向け協議を行う動きも出始めている(写真=AP/アフロ)

 フランスはギリシャとキプロスの海軍を支援するため、軍艦と戦闘機を派遣する。これに対し、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、東地中海で「何であれトルコが持つ権利を守る」と警告する。トルコとギリシャの軍艦が衝突し、アンゲラ・メルケル独首相の調停が失敗に終わる。

 こんな話が現実となるかもしれない。欧州における次の戦争が北大西洋条約機構(NATO)加盟国間で勃発するかもしれないと、誰が想像しただろうか。国際秩序なき新たな時代の幕開けである。

 パクスアメリカーナ(米国による平和)が終焉(しゅうえん)した世界において今、台頭しつつある国際秩序の形について考えを巡らすなら、東地中海で起きている出来事に目を向ける必要がある。むろん、世界の新たな地図を描き出すのは、覇権争いを繰り広げる米国と中国の2大大国だ。だが同時に世界のあちこちで秩序がなかった頃の時代へと逆戻りする動きが出始めている。米国という「レフェリー」がいなくなった今、古傷が再びうずき出し、かつての敵意が頭をもたげつつある。

 とりわけ、新たに世界を不安定に陥れるいくつもの要因が東地中海の海上に集まっている。中国、ロシア、トルコなど、力をもって既存の国際秩序を破壊しようとする修正主義諸国。過去の約束をほごにしようとする米国、地政学的問題の解決に強硬手段を取ることに消極的な欧州。ここにはそのすべてが勢ぞろいしている。対立が鮮明になっているギリシャとトルコの関係は、地域に安定をもたらすための「自制」と「調停」がいかに機能しないものであったかを教えてくれる。

 東地中海でギリシャとトルコの対立が激化していること自体は、決して目新しいことではない。キプロス問題は東地中海において、塞ぐことのできない傷だ。ギリシャが主権を主張するエーゲ海の島々を巡る洋上境界紛争も同じだ。海底に眠る豊富な天然ガス資源の発見が、こうした積年の緊張関係を一層激しいものにしている。

 加えてギリシャとトルコ以外の国々もこの天然ガス資源から利権を得ようと群がり始めた。それに伴い、別の対立が新たに生まれようとしている。イスラエルとエジプトはすでに海底ガス田の開発に乗り出した。レバノンとリビアはこの海域に権益を有しており、両国は共同開発や生産合意、パイプライン建設に向けて動き出している。

 とはいえ、必ずしも領有権争いの平和的解決が不可能なわけではない。少し前まで、欧州は米国に頼ることができた。米政府ならギリシャの首都アテネやトルコの首都アンカラで協議を行い、緊張の度合いが高まればエーゲ海に数隻の軍艦を派遣したことだろう。だがそんな時代は過ぎ去った。現に7月、地中海に現れた航空母艦ドワイト・D・アイゼンハワー号は、人目につかぬ間に姿を消してしまった。

日経ビジネス2020年9月14日号 88~89ページより目次