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米国の大統領選は、必ず最後に敗者が負けを認めることで戦いを決着させてきた歴史がある。だが、新型コロナの流行や格差拡大で社会が混乱する今、開票結果が僅差となれば大きな混乱が起こりそうだ。敗者が負けを認めなければ、米国の民主主義は建国以来の危機に直面することとなる。

トランプ氏は常日ごろから「大規模な違法投票があれば政権の座を渡してはならない」と訴える(写真=AFP/アフロ)

 米大統領選は9月7日のレイバーデー(労働者の日)の祝日から終盤戦に入るが、今回の選挙は目を覆いたくなるような醜い事態となる恐れがある。

 米国西部に位置するオレゴン州ポートランドでは、ドナルド・トランプ大統領支持派が差別解消を訴える「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」運動のデモ参加者と衝突している。

 一方で、トランプ氏は焼け落ちたビルの前で写真撮影するために、中西部ウィスコンシン州ケノーシャへと足を運んだ。ここは8月23日、警察官が武器を持たない黒人男性を銃撃して重症を負わせたほか、それに対する抗議デモのさなかに大統領支持者がデモ参加者2人を銃で殺害した事件が起きた場所である。発砲は自衛目的だったと言われている。

 トランプ氏は、人々の治安悪化に対する恐怖心をあおることで、自らの選挙戦を有利に運ぼうと考えている。そのため多くの米国民が、11月の大統領選が民主主義のもと円滑に実施されるのではなく、暴力的な対立を招き、合衆国憲法の精神を揺るがす危機となるのではないかと懸念している。

 決して大げさな話ではない。米国では過去にも、暴力沙汰となった激しい選挙戦があった。1968年には民主党予備選候補の1人だったロバート・ケネディ上院議員が暗殺された。1912年には大統領選に再挑戦したセオドア・ルーズベルト前大統領がウィスコンシン州での演説中に胸を銃撃された (演説後に病院に向かい、命はとりとめた)。1876年の大統領選については、いまだに歴史家の間でだれが本当の勝者だったかをめぐって論争が続いている。

敗北を認めないリスクが高まる

 それでも米国は、最後は必ず敗者の同意を得て選挙戦を決着させてきた。南北戦争の時ですらそうだった。この長きにわたる伝統ゆえ、人々を惑わす不吉な予言はほどほどにしておかなければならないだろう。だが、今年の11月は、これまで守られてきたおきてですら、破られてしまうリスクが現実味を帯び始めている。

 民主国家において平和的に権力を継承するには、敗者とその支持者の大半が敗北を認める必要がある。投票日に勝敗がはっきりしていれば問題はない。敗北を認めるのは屈辱だろうが、それを受け入れることで次の選挙に向けた準備を始められる。勝敗が判然としない場合は、バックアップシステムが必要だ。

 西側の民主主義先進国で選挙結果をめぐって紛争が起こったことはめったにないものの、過去にいくつか事例はある。