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米国には、新型コロナに有効なワクチンが開発されたとしても接種を受けないと言う人々がかなりいる。拙速な開発に不安を覚えるのは当然だが、体制側に属す科学界に対する不信も大きい。不確かな情報や陰謀説が拡散するインフォデミックに対して、科学は対抗手段を持たない。

新型コロナワクチンを開発すべく世界中が巨費を投じて競争している(写真=ロイター/アフロ)

 今年10月下旬、米国のドナルド・トランプ大統領が世界を驚かせるかもしれない。通常の大統領選挙前なら、戦争や差し迫ったテロ攻撃に関わる衝撃的な発表が世の中を騒がせるところだが、今年は、恐怖よりも希望を持たせる発表が衝撃をもたらす。

 「米国大統領の巧みな手腕のおかげで『チャイナ・ウイルス』は封じ込められた。米国がワクチン開発に成功し、全国民が年内に接種を受けられる。ネットで予約してほしい……」

 トランプ大統領がこのような発表をして、それでかなりの有権者の支持を獲得するという展開は、実際あり得る。だが、それよりも危険なのは、科学に対して米国民が抱く不信をこうした発表が増大させてしまうことだ。

 最近の世論調査によれば、新型コロナウイルス・ワクチンが開発されたら必ず接種すると回答した人は半分しかいなかった。別の調査では、4分の1から3分の1が予防接種は絶対に受けないと答えている。

 実際の数字はどうであれ、反ワクチン運動の活動家たちの前には今、新型コロナウイルスの感染という巨大なパンデミック(世界的大流行)が迫る。一方、社会が集団免疫*1を獲得するには、人口の少なくとも4分の3がワクチンを接種する必要がある。

科学は不信を拭い去れない

 感染症は不信を餌に拡大する。今日の米国は、想像し得る限りにおいて、この実験に最も適した培養皿と言えよう。

 一部の米国民が「ワクチン接種をためらう」ことには十分な理由がある。保健当局には、臨床試験の工程短縮を製薬大手に認めるよう大変大きな圧力がかかっている。間違いが起こりかねないということだ。

 ワクチン・ナショナリズムとは、富裕国ができる限り多くのワクチンを事前に確保しようとすることだけを指す言葉ではない。世界を救う競争の中で胸を張れるという、とてつもなく大きな権利を勝ち取ることも意味する。しかし、免疫学に関わる問題で近道を取れば、公衆衛生上の危険を生む可能性がある。

 人々が予防接種をためらうのは、多くの場合こうした理由からだ。一方、接種をためらう残りの人々は、陰謀論を信じている。