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米国のポンペオ国務長官が7月、中国共産党と習近平国家主席を名指しで批判する演説を行った。ニクソン大統領(当時)が取り組んだ米中関係の正常化は失敗に終わったと断ずるが、それは誤った認識に基づく。ニクソン政権は中国を西側に取り込むつもりはなかったし、中国は独自の体制を広める意図を持っていない。

(イラスト=Ingram Pinn/Financial Times)

 現在起きている出来事を理解しようとするとき、私たちは過去を振り返る。米国と中国の対立を説明するのに、つい最近まで古代ギリシャの賢者の名前が頻繁に登場した。覇権国と新興国との間では衝突が避けられないことを予測したアテネの歴史家、トゥキディデスだ

 今日、米中間の対立を表すのに好まれる例えは、共産主義を掲げるソビエト連邦(当時)に西側陣営が対抗した姿である。うまい例えに聞こえるかもしれないが、この論法は状況を分かりやすくするというよりは聞く人を混乱させる。

 米中冷戦をことさら強調しているのは、ドナルド・トランプ大統領率いる米政権だ。その理由は明らかで、同大統領は中国に対する強硬姿勢が今年11月に迫る大統領選挙での得票拡大につながると考えている。

 少し前には中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と貿易交渉をまとめたと誇らしげな態度をとっていたが、今では中国政府をあらゆる面で非難するようになった。トランプ政権は、同じ歩調を取るよう同盟国を結集する意向だ。そのためには、ソビエト共産主義の打倒を目指した西側の決意を引き合いに出すのが一番である。

 ただし、この比喩は現在の地政学に無頓着であるのと同時に歴史認識に欠けたものと言える。

ケナン氏に自らの姿映す

 米政府の比類なき無知ぶりは、マイク・ポンペオ国務長官が7月23日に行った演説に明らかだ。同長官は西側諸国が一丸となって中国に対抗すべき理由を述べようとした。不穏な口調で「共産中国と自由世界の未来」を語る同長官は、まずリチャード・ニクソン大統領(当時)が対中関係の正常化へかじを切ってから来年で50年を数えることに触れた。

 ポンペオ長官は「中国共産党から我々の自由を守ることがこの時代の使命だ」と力説した。恐らく心の中で、自身の姿とジョージ・ケナン氏を重ね合わせていたに違いない。ご存じの通りケナン氏は「ソ連封じ込め」という冷戦期の政策の枠組みを考え出した米国の外交官である。

 だがポンペオ長官の演説を聞く限り、ケナン氏の有名な「長文電報」(モスクワから送ったもの)を読んでいないのはもちろん、ニクソン大統領が1971年に訪中する意向を示した目的を詳述した政策文書(現在は公開されている)に目を通していないことも明らかだ。