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米中関係が悪化を続ける中、米国は近く、中国人留学生を事実上締め出す措置を講じる考えだ。これは賢明な措置とは言えない。中国のエリート学生は「世界市民」になるべく米国を目指す。政治が留学の窓を閉ざす事態は19世紀にも生じた。歴史に学ばぬ手はない。

リーマン・ショックの時でさえ米大学の説明会に多くの中国人学生が集まった。その数が減少しているという(写真=CNImaging/アフロ)

 中国人として初めて米国の大学を卒業した容閎にとって、大学時代は人生における大冒険だった。清朝時代の中国・広東地方に生まれた少年は宣教師に才能を見いだされ、支援を受けて米国へ留学。1854年にイェール大学を卒業した。それが容閎の絶頂だった。

 ほどなく米国と中国は相互に政治的不信や偏見を抱くようになり、容閎は幾度も挫折を経験することになる。容閎の提案を元に運営された留学プログラムも打ち切りになった。毎年30人の若者を米国に送る施策だ。

 清朝政府の高級官吏は、若者を米ニューイングランド地方で学ばせることで得られる科学知識の価値を認めた。米国の陸軍士官学校と海軍兵学校が中国人の学生を受け入れる約束をとりわけ熱心に取り付けた。その後、衰退に向かう清朝を見くびった米国がその約束をほごにした。

 清朝政府の高級官吏は、留学した学生たちの様子を知り、さらにがくぜんとした。彼らは礼節を忘れ、スポーツに熱狂し、教会に通うようになっていたのだ。清朝政府は1881年、留学生たちを不名誉なかたちで呼び戻した。

 翌年、米国で排外的な中国人排斥法が成立し、容閎は市民権を失った。

リモート授業だけなら国外退去

 容閎が今日生きていたならば、自身の後に続く学生たちが現在直面する圧力に理解を示すだろう。中国人留学生の多くは今後数週間のうちに「米国で学び続けるか」「学び続けるならどう実現するか」について決断を迫られる。今は試練の時だ。大学や国境はもちろん、人々の心まで閉ざされている(中国人留学生が大学でスパイ活動をするのでは、との恐れが過度に広がっている)。

 こうした事態を生み出した背景の一つは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行。もう一つは、太平洋を挟んだ米中両国の間で渦巻く相互不信だ。

 現在、米国内には37万人の中国人留学生および今春に卒業した者がいる。彼ら・彼女らはCOVID-19対策で中国が国際便を大幅に減便したため容易には帰国できずにいる。

 米国に残ることを決めた多くの学生は、大学が閉鎖を続けているため向こう数カ月はオンラインでの学習を余儀なくされる。7月6日、米移民税関捜査局(ICE)が彼らを混乱に陥れた。来学期に一定数の対面型授業に出席しなければ国外退去の対象となり得る、と発表したのだ(ハーバード大学などがこの方針を阻止すべく訴訟を起こしている)。

 通常であれば、今秋には新たに5万人の中国人留学生が米国の大学に入学する。だが中国国内でビザを発給する米国の機関は閉鎖しており、いつ再開するか分からない。保護者の元には間もなく来学期の授業料の請求書が届くだろう。子どもが中国の自宅からオンラインで講義を受講することしかできなくてもだ。その額はしばしば数万ドル(数百万円)に上る。

 こうした事態は大規模な影響をもたらす危機だ。加えて、その影響の広がりは一様ではない。米国の大学の中には、ニューヨーク大学上海校のように中国国内に構えた分校で授業をするところもある。コーネル大学は「スタディーアウェイ」という構想を発表した。中国で暮らす学生が、米国の授業と地元の授業を組み合わせて受けられる仕組みだ。北京やその他の都市にある有名大学のキャンパスで実施する。

日経ビジネス2020年7月20日・27日号 112~113ページより目次