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米国の保守主義運動は20世紀の半ばから行政・立法・司法に人材を送り込み、政治勢力を固めてきた。だが社会的には成果を上げられず、性的少数者や移民などの問題でリベラルに敗北を喫し続けている。レーガン政権以降、自由市場経済にとらわれたことと、文化を政治より軽視したことがこの結果を招いた。

黒人男性の暴行死事件を受け、世界中で人種差別を想起させる記念碑や銅像の撤去を求める運動が起こっている(写真=ロイター/アフロ)

 米国民が街頭に出て政治問題を訴える様子を、社会不安が広がった1968年の状況に例える論評が世間にあふれる。当時、米国の都市部には今と同じ反目と抗議が広まっていたが、この年の夏に、街頭ではない場所で行われたもう一つの「対決」については、振り返る価値があるだろう。

 米国のABCテレビが、保守主義の作家ウィリアム・バックリーとリベラルを標榜する作家ゴア・ビダルが連日、1対1で論戦を繰り広げるという、今では考えられないような番組を放送したのだ。保守派のプリンスであるバックリーは、秩序と伝統を守るべきだと、ゆっくりとした口調で語った。進歩的とまでは言えないまでも快楽主義者であるビダルは、時代の変化を擁護した。

 今から思えば、この2人には共通点が多い。とりわけ、名門の雰囲気を共に漂わせていた。その雰囲気は、米ニューイングランドにおいては、本家の英イングランド以上に際立つものだ。それでも、2人の違いは、その後50年に及ぶ文化的対立の先触れとなる世界観の違いを浮き彫りにしていた。

 どちらが「正しかった」かはともかく、その後はリベラル派の勝利が続いている。今年6月15日には米連邦最高裁がLGBT(性的少数者)の権利をこれまで以上に認める判断を示した。不法移民の若者(親に連れられてきた子ども)の強制送還を猶予する18日の連邦最高裁の判断も、ドナルド・トランプ米大統領をいら立たせた。

続く保守派の「敗北」

 米国の法曹界はフェデラリスト協会など保守派の運動団体が主導する形で、その勢力図を長い時間をかけて右派へと書き換える動きを進めてきた、にもかかわらず、このような敗北を喫しているわけだ。法令に関わる最近の敗北事例は別にして、憲法の条文にできる限り厳密に従おうとする保守派の姿勢は、見込みのない目標にこだわるロマンティックな雰囲気さえ感じさせる。

 保守派の敗北はこれにとどまらない。移民の状況を考えてみよう。米国の保守主義が政治運動として形を整えた20世紀半ば、米国の総人口に占める外国生まれの割合は5%だった。ところが今では過去最高に近い14%に達している。あるいは同性愛者の状況を見るといい。2000年頃には同性婚に対する世論は賛成1に対して反対2だったが、今では賛成2に対して反対1と逆転している。

 一方で、保守派にとって励みとなる展開も見られた。例えば今日の軍人は、ベトナム戦争時よりも尊厳を持って見られている。当時の帰還兵は街に出る前に私服に着替えていた。あるいは、主立った政治家の中で堂々と無神論者を名乗る人物は今もなお驚くほど少ない。妊娠中絶率は、合法化以来最も低い水準にある。

 しかし、「保守主義運動」のあらゆる面で何より目に付くのは、政治的成功と現実の成果との間に横たわるギャップだ。