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ロシア産天然ガスをドイツに送るパイプライン「ノルドストリーム2」をめぐる米ロ、欧州の攻防が再び熱を帯びる。開発を主導するガスプロムが自前のパイプ敷設船をバルト海に回航し、工事を先に進める態勢を整えた。米国が同社に制裁を科すことがあれば、米ロの対立が深まるのみならず、欧州も窮地に陥る。

パイプ敷設船内の作業風景(写真=ロイター/アフロ)

 米国は2019年12月、ロシア産の天然ガスをドイツに直接運ぶパイプライン「ノルドストリーム2」の建設に外部の企業が参加することを禁じる制裁を発動した。論争の絶えないこの計画の息の根を今度こそ止めた──。米政府はそう期待したはずだ。

 だがそうはいかなかった。プロジェクトを主導する、ロシアの国営エネルギー資源会社ガスプロムは米政府に挑み返した。パイプラインを自力で完工すると宣言し、米国が長年回避に努めてきた最後通牒(つうちょう)を突きつけたのだ。「このパイプライン開発計画を止めたければ、我々に対して制裁を科してみろ」

 これは、いちかばちかの賭けだ。甚大な結果を招く可能性もある。ガスプロムは欧州のガス総輸入量の約4割を供給する。加えて、欧州のエネルギー関連会社5社(英蘭系ロイヤル・ダッチ・シェル、フランスのエンジー、オーストリアのOMV、独ユニパーとウィンターシャル・ホールディング)からノルドストリーム2の工費として47億5000万ユーロ(約5700億円)の資金拠出を受けている。

 15年の発表以来、ノルドストリーム2は地政学的な動きに翻弄されてきた。ロシアは米国と対立し、EU(欧州連合)内では亀裂が生じた。

ロシア批判を一身に受ける

 この開発計画が完了すれば、ロシアからドイツに直接送られるガスの量は倍増する。それに伴い、ソ連時代に造られたウクライナ経由のパイプラインを通じた輸送量は減少する。このためノルドストリーム2は、ロシアへの批判を一身に受ける存在となっている。「ガスプロムはガス供給における欧州の対ロ依存度を高めようとするのみならず、ウクライナから巨額のガス通過料を奪って同国にダメージを与えようとしている」

 ノルドストリーム2は何年にもわたって批判や訴訟を乗り越えてきた。建設を始めるにあたっては、必要となる許可をバルト諸国が渋った。

 また米国が制裁を科したことで、5カ月前にはパイプの敷設作業に従事していたスイスのオールシーズが作業停止を余儀なくされた。全長の94%の敷設が終了し、バルト海の海底に敷くわずか160km分を残すのみ、という時点でのことだった。

 現在、ガスプロムはこの部分(場所はデンマークの領海内)を単独で完成させ21年春に稼働させる、との意向を示している。

 その成否のカギを、パイプ敷設船「アカデミック・チェルスキー」が握っているように見える。同船はこの3カ月間、地球を半周しながら移動を続けている。

バルト海を航行するアカデミック・チェルスキー(写真=ロイター/アフロ)

 アカデミック・チェルスキーは2月、日本にほど近いロシアの太平洋岸を出航し、ドイツ北部を目指す約2万カイリの旅に出た。スエズ運河を迂回するため、アフリカを回る遠回りのルートをたどる。

 ただし、オールシーズが使っていたパイプ敷設船の方がはるかに高性能で、アカデミック・チェルスキーに同等の働きができるわけではない。同船は、ガスプロムが16年に購入した。米国が対ロ制裁を強化して外国企業のプロジェクト参加を禁じたときに、最後の手段とするためだ。米国による制裁は、ロシアが14年にクリミア半島を併合した後に初めて発動された。

 アカデミック・チェルスキーはガスプロムにとって、使う事態にならないことを願いながらかけた「保険」なのだ。購入後に大掛かりな改良を施したものの、ノルドストリーム2の開発を完遂できるほどの能力があるか否か、一部の専門家は疑問を呈している。

日経ビジネス2020年6月8日号 74~75ページより目次