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中国は新型コロナの打撃から早々に立ち直り、今では感染拡大に苦しむ国々に救援の手を差し伸べる。感染源としての汚名を返上し、中国のソフトパワーを世界に示す好機と見るしたたかな戦略だ。だが初期対応の誤りに口を拭い、米国陰謀説を唱えているうちは、その戦略の成功はおぼつかない。

ギリシャのアテネ国際空港に中国から到着したマスクなどの救援物資(写真=AFP/アフロ)

 ほんの1カ月前、中国は新型コロナウイルスの大流行の打撃を受け、よろめいているように見えた。中国経済は急降下し、武漢で最初に警告を発した医師の死をきっかけに、中国共産党への反感がネット上にあふれた。

 その状況は急激に変化した。セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領が3月15日に語った言葉がそれを証明している。新型コロナウイルスがパンデミックと認定され、流行の中心がアジアから欧州に移った今、ブチッチ大統領の公式声明は、中国政府が喉から手が出るほど望んでいた宣伝効果を発揮したのだから。

 ブチッチ大統領は、セルビアと中国の間には「1世紀に及ぶ鋼のように固い友情」があると述べた上で、「兄弟にして友人である」習近平(シー・ジンピン)国家主席に、この病気との戦いでの支援を求めたのだ。

 「できる限りのものを送ってほしい。マスクから手袋、人工呼吸器に至るまで、あらゆるものが必要だ。そして何より、あなた方の知識と、進んでここに助けに来てくれる人々を必要としている」とブチッチ大統領は語った。

 これはまさに中国が求めていた言葉だ。「ウイルスの脅威を隠蔽して感染拡大を加速させた国」から「パニックと危難の時に主導権を発揮する度量のある大国」へと、中国の立場の捉え方を変え始める機会を与えてくれたのだから。

 英シンクタンク王立国際問題研究所(チャタムハウス)の中国問題上席研究員、于潔氏は、「中国はこの保健衛生上の危機を地政学的勢力を拡大する好機と捉え、利用しようとしている。米国が空けたソフトパワーの隙間を埋める作戦に着手しているのだ」と語る。

 中国の新たな宣伝戦略の狙いは主に、中国から始まったパンデミックによって国内外で大きく傷ついた威信を回復することにあると、アナリストたちは指摘する。2008年の金融危機後、中国政府が実施した景気刺激策は、世界の需要回復の原動力となった。それと同じように、今回も責任ある大国の姿を見せようというわけだ。

 しかも、今回は以前よりもはるかに厳しい姿勢をとる。08年には米国と協調して対策をとったが、今回は感染に苦しむ国に援助を施す一方で、米国に対して執拗に非難を繰り返している。新興の超大国が、より大きな力を持つ既存の超大国に思い知らせてやろうとしている、という印象を受ける。

 米国のドナルド・トランプ大統領は国内で受ける批判や市場の暴落と戦う中で「中国ウイルス」を激しく非難する。一方の中国は、「パンデミック外交計画」に着手した。欧州やアフリカなどで進める“善行”に世界の目を向けさせることに成功している。

 中国政府には、挽回させなければならない大きな過ちがある。世界中の多くの人々は、中国が犯した複数の失敗が新型コロナウイルスをこれほどまでに強大な脅威にしてしまったと非難する。しかし、悲惨な3カ月を過ごした中国経済に回復の兆しが見え、中国の金融市場が移り気な国際資本の逃避先になりつつある今、中国政府が国際的な立場を強化する機会が出てきた。1カ月前には予想もできなかった展開だ。

日経ビジネス2020年4月6日号 78~81ページより目次