全5604文字

米中の対立は貿易問題が解決したとしても、形を変えて覇権争いが続くと中国側は捉えている。それゆえ中国はトランプ米大統領が再選を果たし、政権内のタカ派を切り捨てることを望んでいる。今は時間を稼ぎ、技術や国際ルールで主導権を握った上で世界の勢力図を塗り替えようとしている。

米中貿易協議は、ひとまず部分合意する方向で動いている(写真=AP/アフロ)

 マウンテンゴリラの若いオスが、群れを率いるリーダーのオスに挑む局面を、動物学者たちは遠回しに「ディスプレースメント(立ち退き)」と呼ぶ。だが、この言葉の裏には、長く続く血なまぐさい闘争がすぐそこに迫っているという冷たい現実がある。

 中国の指導者たちも、米国との対峙を語る際、専門的で堅苦しい言葉を使う。欧米の有力者に内々に説明する際や会談の中で彼らは、ドナルド・トランプ米大統領政権下の米国は、中国の台頭に関し「戦略的不安」(すなわち恐怖)を抱きながら対応していると非難する。そして、確かに中国は成長が速すぎたという点においてのみ、罪はあったかもしれないが──と、付け加えることを忘れない。

 しかし、この冷静で利己的な分析には、深い敵意に満ちた策略が潜んでいる。それは、米国と中国の力関係を見定めながら、出方をうかがおうとするもくろみにほかならない。

 中国のこうした動きは、トランプ大統領の就任前から始まっていた。米中の貿易協議で第1段階の合意が正式に結ばれようが(トランプ大統領は1月15日に署名すると発表している)、中国はこうした「値踏み」の姿勢を改めないだろう。米国の有権者が次期大統領を選ぶ今年11月以降もずっと続けるに違いない。

 中国は数十年を費やして国力を高め、国を富ませてきた。この国はすでに、自らの抱く野望を平然と潰してくる国はただ1つ、米国だけだということを感じ取っている。中国の指導者層が抱く世界観は、力が正義を作るという殺伐としたものだ。国際ルールがすべての大国を等しく縛るなんてことは、おとぎ話でしかない。

 中国が思い描く未来の形は明確になりつつある。それは、米国が誰の目から見ても明らかな他国からの挑戦をも受けて立たなくなる、世界の勢力図が塗り替わる日が来ることだ。

背中の真っ白な毛は、リーダーの象徴とされる(写真=Fajrul Islam/Getty Images)

 とはいえ、中国は今すぐ米国に戦いを挑もうとしているのではない。力をつけた若いオスのゴリラは、慎重に警戒しながら、シルバーバックと呼ばれる年長リーダーの力量(ゴリラは背中の毛が真っ白で、力強い筋肉と歯を持つ者が強いとされている)を見定めていく。同じように中国も、米国が今なお持つ圧倒的な経済力、金融システム、そして軍事力を実際に行使した場合、相手国に途方もないダメージを与えることは十分理解している。

日経ビジネス2020年1月13日号 88~90ページより目次