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チリで政府への抗議活動が激化。ピニェラ政権はついにCOP25やAPEC首脳会議の開催を断念するに至った。発端は地下鉄運賃の値上げだった。これが、年金、医療、教育、税制、憲法に対する不満へと広がった。ピニェラ政権は内閣の改造と市民集会に期待をかけるが先行きは不透明だ。

チリの抗議活動は放火などへエスカレートしている(写真=AP/アフロ)

 南米のチリを揺るがしている抗議運動は、ありとあらゆる形をとって拡散している。始まりは、首都サンティアゴの地下鉄運賃値上げに反発した学生たちによる無賃乗車だった。ラッシュアワー時の運賃が30ペソ(約4円)値上がりし、830ペソ(約120円)になったことに不満を抱いての行動だ。抗議活動はその後、放火や略奪に発展するとともに、他の都市へと広がった。

 政府は1990年に民政移管して以来初めて夜間外出禁止令をサンティアゴで発令した。この混乱で少なくとも20人が死亡し1000人超が負傷している。

 10月25日、サンティアゴ市の人口の5分の1に当たる120万人が市の中心部に結集し、経済格差と国政運営への反感を表明した(このときのデモは平和裏に行われた)。

 「私は引退したいのに、それがかなわない」。教師として働く62歳のカロリーナさんはこう訴える。彼女は30年間働き、年金として受け取るためにお金を積み立ててきた。だが、支給される年金は月にわずか275ドル(約3万円)だ。

 デモ隊が掲げるプラカードには、書籍にかかる付加価値税の引き下げから新憲法の制定に至るまで、あらゆる要求が並ぶ。

 中道右派のセバスティアン・ピニェラ大統領は最初、抗議に参加する人々に厳しい態度で臨んだ。「我々は戦争状態にある」。暴動のさなか、同氏はこう宣言した。そして政府は手荒な対応に出た。デモ参加者が死亡した原因の大半は放火だが、チリに拠点を置く人権機関は治安部隊による職権乱用行為120件に関して証拠集めをしている。このうち5件で死者が生じた。

成長と福祉のジレンマ

 抗議運動が激しさを増すにつれ、ピニェラ氏は態度を軟化させた。10月19日には、地下鉄運賃の値上げを撤回。22日には、年金と医療への歳出を増やす、最低賃金を引き上げる、最近値上げした電気料金を元に戻すなど、一層の譲歩案を発表した。

 これらを実現するには12億ドル(約1300億円、GDP=国内総生産=の0.4%)が必要となる。政府は財源を確保すべく、最高所得層への増税を予定する。続いて28日には8人の閣僚を交代させた。新内閣には以前よりも若い、穏健派の面々が並んだ。

日経ビジネス2019年11月11日号 142~143ページより目次