全3746文字

トランプ米大統領がシリア北東部から米軍を撤収させる方針を示したのを受け、トルコがクルド人への攻撃を始めた。クルド人が“裏切られた”のはこれが初めてではない。第1次世界大戦後は、国家樹立の約束を反故にされた。トルコやシリアでは諸権利をはく奪され、イラクではフセイン政権による虐殺に直面した。

米ニューヨークで、トランプ政権と同政権が進める“トルコ支援策”に反対する運動が始まった(写真=Erik McGregor/Getty Images)

 ドナルド・トランプ米大統領が10月7日、シリア北東部に駐留する米軍を撤収させる方針を示した。トルコはこれを、同国によるこの地域への軍事攻撃を米国が事実上容認するメッセージと理解した。クルド人の武装グループは同大統領の動きを「背中を刺す行為」として非難している。

 クルド人主体の民兵組織シリア民主軍(SDF)は、過激派組織「IS(イスラム国)」を掃討すべく、この地で3年余りの間、米軍とともに戦ってきた。トランプ大統領が政策を転換したことで、彼らはトルコの攻撃にさらされることになった。

 クルド人は裏切られ続けてきた長い歴史を振り返り、しばしば「山だけが友だ」と言う。

 クルド人の人口は推定3000万人。その多くはシリアの北部から東部、トルコ南部、イラク北部、イランに広くまたがって暮らし、伝統的に遊牧生活を営んできた。しばしば「国家を持たない最大の民族」と呼ばれる。クルド人は、20世紀を通じて独裁的な権力者の激しい弾圧に苦しめられてきた。この経験が自らの権利と自治を守るべく武力闘争を激化させるきっかけとなった。

果たせぬ国家樹立と武力闘争

1920年
 第1次世界大戦を終了させるとともにオスマン帝国を崩壊に導いた講和条約の一つ、セーブル条約によって、クルド人は独立を約束された。だが英国、フランス、米国はこの約束を実行することなく、クルド人たちが待望していた地域を分断するように国境線を引いた。
 それでもクルド人は国家建設の夢をあきらめはしなかった。彼らはその後20世紀を通じて、自治に対する彼らの要求を封じ込め、クルド人としてのアイデンティティーを抑圧する国々に対し抵抗と反乱を続けることになった。

1923年
 トルコは独立戦争を経て、ムスタファ・ケマル・アタチュルクが共和国を建国した。トルコ人を中心とする中央集権的な国家だ。クルド人が相次いで起こす暴動を軍隊を使って鎮圧した。やがてクルド人の権利とアイデンティティーを抑圧する政策を施行。クルド語の使用を禁止し、町や村の名前をトルコ風に改めさせた。クルド人の氏名さえもその対象とした。