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リトアニアをはじめ、バルト3国は国内に潜むロシア支援者の洗い出しに力を入れている。ロシアはこれらNATO加盟国を内部から不安定化しようと、様々な手口でひそかに協力者を募っている。バルト3国は、ウクライナの轍(てつ)を踏まぬよう協力し合いながら細かく地道な調査を進めている。

ロシアはバルト3国の政情を不安定化させようと、スパイ活動に注力する(写真=ロイター/アフロ)

 「リトアニアの首都ビリニュスにある道路の信号機は、1つの操作でそのほぼすべてが使用不能となる」と、ある技術系の市職員が通報してきた。その情報は正しかったと、リトアニアの国家安全保障省の元官僚アウリマス・ナビス氏は語る。ナビス氏は最近同省から退職していたが、内通を受け取った。信号機システムの脆弱性は修正済みだと同氏は請け合った。

 ナビス氏によると、リトアニアのほかエストニア、ラトビアのバルト3国は今、こうした脆弱性と、それをロシアのために利用しそうな人物の洗い出しを急いでいるという。バルト3国はいずれも北大西洋条約機構(NATO)の加盟国だ。どの国も2014年以降、こうした防衛努力を以前より10倍は強化したとナビス氏は見る。14年というのは、ロシアがクリミアを併合し、ウクライナ東部地域で今日まで続く分離主義者の紛争が始まった年だ。

 ロシアはウクライナでの工作活動を現地の支援者の手を借りて開始した。支援者の多くは、ロシアの情報機関もしくは特殊工作部隊スペツナズの手で用心深く養成されてきた人々だった。

 ウクライナの首都キエフでは、国防省の官僚の中にロシア政府の支援者がいた。こうした者たちが特にウクライナに害をもたらしたとナビス氏は指摘する。彼らがロシアの侵攻に対するウクライナの反応を故意に遅らせたというのだ(14年にロシアに協力したとして逮捕されたウクライナ人の中には、当時ウクライナ軍参謀総長だったボロディーミル・ザマナ氏も含まれる。ただし同氏はその後釈放された)。

 リトアニアのライムンダス・カロブリス国防相は、ウクライナは自国に潜むロシアの協力者を探り出すために十分に力を注がなかったと指摘する。「我々はウクライナから教訓を学んだ」

まずは協力者の洗い出しから

 バルト3国は、ウクライナの轍(てつ)を踏むまいと懸命だ。ロシアの高官やロシア政府の報道機関が、彼らの危機感をあおる発言をするからだ。それは例えば、「リトアニアの一部はソビエト連邦時代にモスクワが無償で譲渡したものであり、ゆえに正当な領有権はロシアにある」といったようなものである。これは、ロシアがクリミアを併合した時と同様のプロパガンダだ。

 社会の不安定化を図ろうとするロシアの企てを阻止するためには、まずロシア政府の誘いを受け入れやすそうな人を特定する必要があるとバルト3国は考えている。つまり、洗い出しの対象となるのは、政府関係者が「ロシアの感化活動」と呼ぶ活動に関わる人々である。闇の世界で言うところの、ロシア政府からの指令で動き始める可能性のある「潜在的スパイ」たちも含まれる。

 ウクライナ紛争の時期に米国の国家安全保障会議(NSC)で東欧情勢の専門委員を務めていたスティーブン・フラナガン氏は、以下のような仮想状況を例として挙げる。エストニアでロシア系の少女が性的暴行を受けたという噂が広まる。地元の親ロシアの過激派に復讐(ふくしゅう)の指令が出される。ロシア政府は海外に暮らすロシア系住民の安全を守る権利があると主張し、エストニアに部隊を派遣する──。