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中国が、一帯一路構想を推進する中で生じる商事紛争を裁く「国際商事裁判所」を開設した。他国にある国際裁判所と違い、中国最高裁の一機関として中国人の法律家が中国語で審理を進める。中国の狙いは、現在の米国のように、他国が関わる問題に独自の価値観で判決を下すことかもしれない。

4月に北京で行われた一帯一路の首脳会議には37カ国の首脳が出席した(写真=代表撮影/ロイター/アフロ)

 中国の西安で5月29日、新設された「国際商事裁判所」が初の公開審理を行った。この裁判所が使命として宣言するのは「フェアネス、プロフェッショナリズム、コンビニエンス」という3つの言葉だ。

 筆者が外交官や中国最高人民法院(最高裁)の代表者らと共にこの審理の傍聴に訪れた際、青銅と大理石で飾られたエントランスホールに設置された巨大なデジタルスクリーンに、この3つの言葉が英語と中国語で表示されていた。

 この新しい裁判所は、建物自体が強い印象を与えるように作られている。遠大な野心が込められているからだ。習近平(シー・ジンピン)国家主席は2013年に「一帯一路」という世界をまたにかける構想に着手した。この構想の下で建設される鉄道や道路や光ファイバー網を陰から支えるのがこの裁判所なのだ。その支柱となるのは、国際的な商取引を法によっていかに統制すべきかについての中国特有の考え方だ。

 この新しい裁判所には2つの法廷がある。その一つが置かれた西安は象徴的な場所だ。ここは後にシルクロードと呼ばれるようになる交易路の歴史的な終着点で、隊商のラクダが鈴を鳴らし、息をはずませながらたどり着いた。もう一つの法廷は繁栄する南部の都市、深圳にある。こちらは一帯一路の海路で生じる紛争を扱う。

 国際商事裁判所は華やかにお披露目されたものの、その将来は不透明だ。どれほどの企業がこの裁判所での紛争解決に同意するか疑わしい。その権限が、一帯一路の問題に限らず、海外企業が関わる大きな紛争も対象にするよう広く定められているにもかかわらずだ。

 この不透明さの元は、共産党指導部が好む言葉でありながら裁判所のデジタルスクリーンには表示されなかった第4の単語にある。「コントロール」だ。

中国人法律家が中国語で審理

 中国政府はこの裁判所の規則を定めるにあたり、自らのコントロールを維持するために、きわめて慎重な姿勢を取った。近年、ドバイやシンガポール、オランダなどで国際的なビジネス案件を扱う司法機関が開設されている。これらの機関は一般に、特定の国の影響下ではなく独立であることを明らかにすべく、複数の国から判事を採用する。一線級の法律家たちは中国の最高人民法院に対して、新しい商事裁判所を開設するのなら、外国と同様の大胆な手続きを検討すべきだと提言した。この新司法機関をより国際的で優れたものにしたいという最高法院の思惑に訴えようとしたのだ。

 しかし、中国立法当局の高官らは、新裁判所に外国人判事を採用できるようにする法改正をためらい、結局、最高人民法院の判事が国際商事裁判所の判事に就任することになった。英語による証拠文書の提出は認められるが、審理は中国人の法律家により中国語で行われる。

 国際商事裁判所は最高人民法院の一部に位置づけられ、この新裁判所のために、主に外国人からなる32人の「専門委員」が指名された。ただし、委員の役割は法廷に助言をし、当事者が訴訟の回避を望んだ場合に調停を行うことに限られる。委員の一人で国際的法律事務所デカートの中国事業を率いる陶景洲氏(フランス国籍)は最近発表した論文の中で、国際商事裁判所は「多くの面で制約がある」と嘆いている。

日経ビジネス2019年6月17日号 82~83ページより目次