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米中貿易交渉で中国のエコノミストが恐れるのは、1985年のプラザ合意が日本にもたらした事態の再来だ。それ以後30年にわたる日本の苦境は、同合意とそれに続く構造協議を受け入れたせいだと彼らは考えている。しかし、日本経済が低迷したのは、円高対応のための景気刺激策がいきすぎ、規制が後手に回ったせいだった。

日・米・英・西独・仏の大蔵大臣がプラザホテルに集まり、過度なドル高を是正することで合意した(写真=AP/アフロ)

 貿易を巡る米国との攻防の中で、中国は常に歴史を思い起こしている。交渉が順調に進んでいるように見えた数カ月前、中国国内の強硬なナショナリストたちは、19世紀に列強が中国に押し付けた「不平等条約」の再来を警告していた。最近は、交渉が合意に至らなかったことを受けて、中国の国営メディアが1950年代の朝鮮戦争を引き合いに出した。中国と米国が多くの犠牲者を出して戦った戦争だ。

 しかし、中国のエコノミストたちの念頭から離れない歴史上の類似事例は、実は中国自身のものではない。彼らが恐れるのは85年のプラザ合意の再来だ。日本は米国の圧力のもと合意を受け入れ、円高を誘導し貿易摩擦の解消を図った。確かに摩擦は鎮静化したが日本は法外な犠牲を支払った、と中国の多くのエコノミストは考えている。日本経済はこのせいでその後20年以上にわたり停滞したというのだ。

 ただし、この類推には穴がある。日本は安全保障を米国に依存しているため、合意に抵抗したくとも限界があった。またプラザ合意には英国、フランス、西ドイツも加わっていた。米ハーバード大学のジェフリー・フランケル氏はこの合意を「国際的政策協調の頂点」と呼んだが、国際協調はドナルド・トランプ米大統領の旗印ではない。

 現在の米中貿易交渉とかつてのプラザ合意では内容も異なる。プラザ合意を発表した5カ国はドル安を望み、それを誘導すべく為替市場に介入すると表明した。合意から1年もたたないうちに円の対ドル相場は50%近く上昇した。

日本の競争力をそいだのか

 一方、現在の米中の対立において通貨は問題のごく一部にすぎない。中国は過去10年、元が安すぎるとの不満に対処すべく努めてきた。それゆえ現在、元高を求める声は存在せず、せいぜい、輸出振興のために元安を導かないよう要請しているにすぎない。

 しかし、大きく言えば共通点もある。プラザ合意は単発の出来事として見るのではなく、農業から電子機器まで幅広い分野を対象に何年にもわたって戦わされてきた議論の最終段階であったと理解すべきだ。米国は日本が知的財産を盗み、未来の産業を支配しようともくろんでいると非難した。米国で現在の対中交渉を主導するロバート・ライトハイザー氏は、これら過去の戦いで名を上げた人物だ。

 日米両国は90年に「日米構造協議」で合意した。その内容は、今日の議論の核心的な部分と驚くほど似ている。米国は日本に(今は中国に)国内法を改正して競争環境を整え、外国の投資家に門戸を広く開き、巨大な複合企業(日本では系列グループ、中国では国有企業)の力を抑えることを要求した。

 プラザ合意を否定的にみる議論の論拠は、これが日本を凋落に導いたという点にある。日本は、輸出の足かせとなる円高の影響を相殺するため、金利を引き下げ、財政出動を行った。

 これらの措置で経済は回復した。しかしそれは資産バブルも生んだ。株価や地価は5年のうちに3倍に跳ね上がった。このバブルは90年代にはじけ、日本は不況に突入。以後かつての勢いを取り戻してはいない。日本の株価は今なお、89年末の過去最高値よりも名目でおよそ40%低い。

 こうして見ると、プラザ合意は日米間の緊張緩和に成功したとはいえ、それは挑戦者としての日本の力をそいだからにすぎなかったことになる。中国高官の頭には、この見方が染みついている。中国の崔天凱駐米大使は2018年に「中国に新たなプラザ合意を押し付けるという幻想は諦めるべきだ」と語った。

日経ビジネス2019年6月3日号 100~101ページより目次