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2015年のイラン核合意を離脱し、経済制裁を強化する米国に対し、イランが対抗姿勢を強めている。イランのロウハニ大統領は国内の強硬派に配慮した発言をする一方、欧州各国に対立打開の糸口を求める。問題の早期解決は難しく、何年もの時間をかけて深刻化していく「緩やかな危機」になると専門家は見ている。

 「史上最悪の取引」──。米国のドナルド・トランプ大統領は、バラク・オバマ前大統領が成し遂げた、外交的偉業をそう酷評する。それは、イランの核開発を厳しく制限する見返りに同国への経済制裁を解除するという内容で2015年にイランと大国6カ国が締結した「包括的共同行動計画(JCPOA)」、いわゆるイラン核合意である。この合意によって、イランが原子爆弾を製造するのは(少なくとも当面の間)以前よりもずっと難しくなった。だが1年前にトランプ大統領が離脱を表明して以降、この合意は存続の危機にある。

 イラン核合意は5月8日、イランのハサン・ロウハニ大統領によってさらに崩壊に向けて歩みを進めた。同大統領はイランが核合意の履行を一部停止することを宣言するとともに、その範囲を広げていく可能性があると警告したのだ。この背景には米国による威嚇行為がある。5月5日、米国はイランによる「挑発的行動」が「懸念すべきものであり今後も拡大する兆しがある」と、中東地域に空母打撃群と爆撃部隊を派遣した。

 その2日後、マイク・ポンペオ米国務長官がイラクを電撃訪問した。米国はイランがイラク駐留米軍への攻撃活動を支援しているとの非難をずっと続けている。核合意が解消し武力による威嚇行為がエスカレートすれば、偶発的にしろ故意にしろ、米国とイランが戦争に突入するリスクは高まる。

核合意で停止中の施設が動き出すリスクも
●イラン国内にある主な核関連施設
出所:The Economist

 今のところイラン核合意は何とか持ちこたえている。だが、ロウハニ大統領は、イランの低濃縮ウランが核合意で定められた備蓄上限量の、300㎏に達しても外国に販売しない、重水についても備蓄を上限の130トンよりも増やすと述べた。これは由々しき事態だ。濃縮ウランは遠心分離機にかけ純度を上げれば兵器用の原料として使用できる。重水は、もう一つの核燃料であるプルトニウムを生産できる原子炉で使われる。

ロウハニ氏の真意

 彼はまた、核合意の他の締結国である英国、中国、フランス、ドイツ、ロシア、および欧州連合(EU)に対し、トランプ大統領が推し進める米国の経済制裁による圧力からイランを守るという約束を60日以内に履行するよう求めた。イラン経済は米国の制裁により打撃を受けている。これらの国が要求に応じなければイランは濃縮ウランの貯蔵量を増やすだけでなく、その純度も上げると脅しをかけたのだ。現在、濃縮ウランの純度の上限は核爆弾の製造に必要な約90%を大きく下回る3.67%に制限されている。イランがウラン貯蔵量の一部もしくは全部を濃縮し、純度を20%にまで上げた場合、兵器レベルになるための最終ステップに到達する時間は半減する。また、核合意を受けて停止中の同国西部アラクの重水炉の開発を再開する可能性にも触れた。

日経ビジネス2019年5月20日号 96~97ページより目次