危機的な健保組合の財政を少しでも改善する手立てはあるのか。従業員の医療情報を給付抑制につなげるデータヘルスは一つの手段だろう。各健保組合のベストプラクティスから、医療費増に立ち向かう動きを追った。

データヘルスで医療費を減らせ

 支出過多の財政状況に危機感を高める健保組合だが、対策をしていないわけではない。支出を少しでも抑制しようと「攻めの施策」に積極的に取り組む動きが目立ってきた。

 その中核になるのが、データヘルス計画の推進だ。健保組合には診療報酬明細書(レセプト)が届くため、被保険者である従業員の病気と、その治療を把握できる。特定健康診査(特定健診)の結果も蓄積されている。こうした情報を利活用して健保事業を充実させ、健保財政の健全化に役立てようとするのがデータヘルスだ。

 デンソー健康保険組合(愛知・刈谷)は、その最前線にいる健保組合の一つ。外部のキープレーヤーとも積極的に連携を取りながら、生活習慣病の予防を進める。

 デンソー健保組合の保険事業は、グループ約50社の従業員とその家族の計17万5000人が対象。グループ企業の多くが保険料収入からすると過大な額の保険給付を抱えていた。天井が見えない高齢者医療への拠出金だけが財務を圧迫していたわけではなかった。

 「このままでは保険料率の大幅な引き上げは避けられず、事業者負担も増大してしまう」。危機感を覚えた永井立美常務理事は2021年から22年にかけ、グループ各社のトップに従業員の健康維持に取り組むよう訴えた。

 レセプトを調べると、例えば生活習慣病の恐れがあり、高血圧などで毎月薬を処方されている従業員は、健康な従業員と比べて医療費が年間10万円ほど多かった。こうしたデータを示し、医療費の増大につながりそうなリスクを抱える従業員について、早めに手当てをする必要があると説いて回ったのだ。

 生活習慣病の予防のため、40歳以上の加入者には特定健診を実施することが義務付けられている。これに引っかかれば特定保健指導を受ける必要があるが、21年の実施率はグループ全体で30%程度。多くの人がリスクを指摘されても、改善に動いていなかった。

 永井常務理事は各社の実施率を一覧にしてトップに示した。自社の実施率が低いことが明らかになれば、真剣になって改善に動く。これで実施率を1年間で72%と2倍以上に高めることに成功した。さらに特定健診の対象外である39歳以下の従業員についても、生活習慣病のリスクが高い人を突き止め、企業側に対処を促し始めている。

 デンソー健保組合はこうしたデータの活用法を、他の健保組合を巻き込んで発展させている。機械器具製造業の事業所が加入する愛鉄連健康保険組合(名古屋市)と連携し、医療機関の協力も取り付けて新たな取り組みに着手した。

医療機関を巻き込む動きへ

 デンソーと愛鉄連、両健保組合の課題は一致していた。従業員の家族に健保組合の声が届きにくく、特定健診の受診率が従業員より低かった。

 そこで生活習慣病にかかるリスクの高い疾患で通院し、かつ特定健診を受けていない従業員の家族をピックアップした。対象者が通う医療機関もレセプトで把握できる。対象者に案内状や問診票などをピンポイントで送り、普段通っている医療機関を指定した上で健診を受けてもらうよう働きかけた。

 既に通院していれば、血圧のような項目は検査済みであることが多い。このため追加が必要な検査項目を医療機関側に示し、埋めてもらうようにした。

 この仕組みを実現させようと愛知県の医師会に相談し、協力を得ることに成功した。医療機関としては診療報酬を新たに確保できる。健保組合と従業員の家族、そして医師会や医療機関がすべてメリットを享受できるシステムが出来上がった。

受診率を引き上げる枠組みを構築
受診率を引き上げる枠組みを構築
●デンソー健保組合と愛鉄連健保組合の取り組み デンソー健保組合はデータヘルスに積極的に取り組み、組合員の特定健診の受診率や特定保健指導の実施率を大きく改善した(写真=PIXTA)
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