和歌山県のある老舗企業の健保組合が2023年、解散を余儀なくされた。その内幕からは企業の健保組合が財政難に陥る構造的な問題が見えてくる。だが政府は健保組合に少子化対策の費用など、さらなる負担を求めようとする。

 和歌山県和歌山市。この地は古くから繊維産業が盛んだった。明治初期に当時の和歌山藩が伝統の紋羽織と呼ばれる綿織物からフランネル生地を開発したのを機に、一大産業に発展した。紡績、織物、染色加工、縫製と様々な関連産業が立ち上がりこの地をにぎわせた。

 和歌山染工(和歌山市)は、そんな伝統を受け継ぐ老舗企業だ。天然繊維の染色加工に関しては、全国トップレベルの技術力を誇る。

 だが、会社が誇る輝かしい伝統とは対照的に、この春、和歌山染工健康保険組合(健保組合)は95年の歴史に幕を下ろした。「我々の健康保険組合の設立は1928年にまで遡る。本当に残念だ」。和歌山染工健保組合の常務理事だった男性は、肩を落としながらこう語った。

 健保組合は、事業者とその従業員が共同で設立・運営する公的医療保険の一つだ。日本では「国民皆保険制度」の下、誰もが何らかの公的医療保険に加入しているが、健保組合は、一定規模以上の企業が単独で設立したり、同業種で複数の企業が共同で設立したりする。自営業者が加入する国民健康保険や、中小企業に勤める人およびその家族が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)に比べ、保険料率を低く設定できるメリットがある。

 和歌山染工健保組合が解散した理由は財政難だ。健保組合は、被保険者となる従業員の給与の一定割合を保険料とし、その額を事業主と従業員で負担する。従業員の数が多いほど、賃金水準が高いほど健保財政は安定するが、ピーク時に数百人ほどいた従業員は足元、約170人まで減少した。繊維業界内の競争は厳しく、給与も上がらない。結果、2004年ごろに8000万円を超えていた同健保組合の経常収入は直近では6000万円台まで落ち込んでいた。

 一方で支出は増加している。同健保組合の経常収支は、09年度以降ほぼ毎年赤字が続いている。特に直近の数年間は、年1000万円以上の赤字を計上してしまう。21年度、ついに赤字額は6700万円を超えた。

2009年度以降、ほぼ毎年赤字だった
2009年度以降、ほぼ毎年赤字だった
●和歌山染工健保組合の経常収支と保険料率の推移 1907年に創業された和歌山染工の工場外観。染色一筋で戦後の時代も乗り越え、染色業界をけん引してきた
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 赤字穴埋めのため、過去の剰余金の蓄積、いわゆる積立金を取り崩してきたが、約1億円の積立金も底を突いた。不測の事態に備えて準備しなければならない法定準備金にも手を付けなければならなくなった。

 支出増大の大きな要因となっているのが、高齢者向け医療費だ。日本の公的医療保険制度は現役世代が高齢者医療費の一部を負担する仕組みになっている。75歳以上の後期高齢者と、65~74歳の前期高齢者の医療にかかる費用の一部を拠出しなければならないが、和歌山染工健保組合では保険料収入の約半分がこうした「拠出金」に充てられていた。

 この財源を確保すべく、同健保組合では13年から段階的に保険料率を引き上げていた。その結果、20年度の料率は9.5%に達した。ここまでくると、独自に健保組合を組織するメリットは薄れる。なぜなら協会けんぽの保険料率が約10%であるからだ。この10%が、健保組合にとって「解散ライン」と呼ばれる水準となる。