人権リスクは経営課題と分かっているが、まだ行動に移せていない。そんな企業経営者にはすでに打開策を講じている企業の事例を参考にしてほしい。人権問題をタブー視するどころか、潜在市場開拓のチャンスとする企業が出てきた。

アサヒGHDのコーヒー商品(右)は、人権侵害が起きていないかチェックを重ねたサプライチェーンから生まれる
アサヒGHDのコーヒー商品(右)は、人権侵害が起きていないかチェックを重ねたサプライチェーンから生まれる
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 企業のサプライチェーン(供給網)は手掛ける商品が多いほど複雑になり人権リスクは高まる。アサヒグループホールディングス(GHD)は、人権を侵害しかねない供給網の弱点を可視化しようと細かな調査に動く。

 17カ国にまたがるアサヒGHDの生産拠点と、ビールやお茶などの主要原材料11品目について、卸売りから加工と流通、栽培までの強制労働などのリスクを調べた。すると、エチオピアとタンザニアのコーヒー豆栽培が最もリスクが高いと判明した。

 だが、追跡は行き詰まる。アサヒGHDでは子会社のアサヒ飲料が、取引所やオークションを経由したコーヒー豆を商社などを通じて購入している。生産者は規模の小さい農家がほとんどで、流通の過程で複数の農家が手掛けたコーヒー豆が混合されていたのだ。生産農家や農業協同組合といった上流のサプライヤーまで遡り特定することはできなかった。

 そこで英国に拠点がある人権調査機関に委託し、両国のコーヒー産業に関する人権への影響を評価した。コーヒー豆を輸入する主要取引先の商社、商社にコーヒー豆を卸すエチオピアやタンザニアの輸出業者、生産者を支援するNGOの人権担当者、エチオピアを拠点とするコーヒー産業の人権コンサルタント、タンザニアの農協のメンバーら関係者への聞き取りで実態を追った。

 浮き彫りになったのは、アフリカのコーヒー豆栽培にある多くの潜在的な人権リスクだ。例えば、小規模農家や農地が多い農村部は、学校が存在しないことが珍しくなく、児童労働が発生しやすい環境だった。

 農業従事者の収入は低く、貧困が人権意識を弱める。ジェンダー格差や女性へのハラスメントが発生する可能性がある。コーヒー豆の収穫期には、日雇いの働き手に適切な労働条件が与えられていない恐れも見えてきた。特に政情不安のエチオピアでは紛争に絡んだ人権リスクが高い。

 サステナビリティ部門長の近藤佳代子執行役員は「地域とコーヒー産業にどんなリスクが潜んでいるか分かった。現在はリスクを減らす対策を検討中だ」と話す。自社の“脆弱性”から目を背けず、適切なアクションの準備を進めるアサヒGHD。各事業会社に施策を落とし込みながら、利害関係者との連携強化を図る。

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