海外の強制労働、児童労働など企業活動には様々な人権侵害リスクが潜む。人権を軽視すれば信用は失墜して、訴訟や不買運動、株価下落などを招く。知らなかったでは済まされない“現代奴隷”の実態を記者がリポートする。

(写真=Shutterstock)
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 3月上旬、タイ西部に位置するミャンマーとの国境の街、メーソートを記者は訪れた。インドシナ半島のうちベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの4カ国を横断する東西経済回廊沿いに当たり、縫製や電子部品の工場が集積している。街を貫く幹線道路を車で10分も走ると、国境に架かる橋にたどり着く。その先はもうミャンマーだ。店舗の看板にはビルマ文字が並び、その下を民族衣装の巻きスカート姿のミャンマー人女性が、頭に物を載せて行き交う。

 この国境の街で操業する縫製工場で2020年に発覚した強制労働が、調達元のグローバル小売りチェーンも巻き込んだ、大きな事件に発展している。

 縫製工場では当時、200人ほどのミャンマー人が、当時の最低賃金である1日8時間当たり315バーツ(約1200円)を下回る賃金で働かされていた。毎日午前8時から午後11時までの長時間労働を強いられ、週の労働時間は100時間近くに及んだ。休みは月1回、給料日の翌日だけだったという。

 工場側はミャンマー人作業員の入国許可証や労働許可証、通帳などを取り上げた上に、狭い5人1部屋に押し込め、寮費として1人当たり月800バーツを徴収していた。工場内にはエアコンがなく、扇風機があるばかり。照明は暗く、自前で作業用の照明を用意しなければならなかった。

 実際に工場で働いていた元作業員3人が取材に応じてくれた。そのうちの一人、キンマーエーさん(48)は「作業に手間取ったり、ミスをしたりすると、汚い言葉で罵られました。奴隷のような扱いでした」と、工場内の日常について話す。身分証明書を持たずに出歩いたことで、警察に捕まることが怖くて、外出もままならなかった。工場の作業員はタイ語がつたないミャンマー人ばかりで、管理職はタイ人だった。

 「ほとんど手元にはお金が残りませんでした。家族に送金できたのは年に3回だけです」。ビルマ語からタイ語、そして英語への通訳を介して、3人はこう、口をそろえる。ハサミなど縫製作業に必要な道具すらも十分に支給されず、必要に迫られて自腹を切ることもあったという。

 違法な低賃金、長時間労働、移動の自由に対する制限……。元作業員らが地元でミャンマー人労働者の相談役になっている弁護士のジラーラット・ムーンシリ氏に、この縫製工場のあまりの劣悪ぶりを訴え出たことによって、事態は明るみに出た。

 この工場が、英国の小売り大手テスコが展開する衣料品ブランド「F&F」のジーンズの調達先だったことで、事件はさらなる広がりを見せている。元作業員らは縫製工場を相手取って、タイの労働裁判所で争うとともに、英国でテスコを提訴。ガーディアンやBBCなどの英国メディアは盛んに事件を報じていて、テスコは対応に追われている。

[1][2]ミャンマーとの国境に位置するタイ西部のメーソートの縫製工場で発覚した強制労働は調達元の英小売り大手を巻き込んで、国際的な事件に発展している [3]元作業員のピョウピョウマーさん(左)やキンマーエーさん(中)らの勇気ある告発と、[4]ジラーラット・ムーンシリ弁護士の支援があって、故国の政情不安も重なって、立場の弱いミャンマー人労働者を食い物にする不当労働の一端が明らかになっている
[1][2]ミャンマーとの国境に位置するタイ西部のメーソートの縫製工場で発覚した強制労働は調達元の英小売り大手を巻き込んで、国際的な事件に発展している [3]元作業員のピョウピョウマーさん(左)やキンマーエーさん(中)らの勇気ある告発と、[4]ジラーラット・ムーンシリ弁護士の支援があって、故国の政情不安も重なって、立場の弱いミャンマー人労働者を食い物にする不当労働の一端が明らかになっている
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