いつの時代も消えることはない悪意は、大企業の経営すら脅かす“敵”となる。性善説に傾き、手をこまぬいていれば、ステークホルダーを傷つける事態を招く。悪意が生じるメカニズムを理解した上で、経営者が持つべき心構えを考えよう。
悪意の発生メカニズムを心理学でひもとくと、“愛情ホルモン”と呼ばれるオキシトシンが密接に関わっている。オキシトシンは不安や恐怖を軽減し、他者との信頼関係を築きやすくする働きがある。下図で示すように家族や友人との絆を深め、愛情や仲間意識を育む。
健康心理学などを研究する桜美林大学リベラルアーツ学群の山口創教授は「オキシトシンは8~9割方、ポジティブに働く」と話す。ただし、負の側面もある。「仲間など自分の属している集団(=内集団)以外の集団(=外集団)を排除するように働く」(山口氏)のだ。例えば同じスポーツチームを応援している人同士は仲良くなりやすい一方、相手チームのサポーターには敵対心を抱きやすい。このネガティブな側面が刺激されると悪意や攻撃性が生み出される。
「攻撃性は人間の本能だと考えられている」と山口氏は説く。他者への攻撃は快感を覚えるドーパミンの分泌を促す。その幸福感がさらなる攻撃を誘発。特に匿名性の高いSNS(交流サイト)は攻撃性を膨らませやすい。SNSが悪意を増幅・拡散させる昨今の状況を言い表している。
さらに「SNSは心理的距離が非常に近く、同様の意見を持つ人同士が内集団としてまとまる傾向が強い」(山口氏)。この内集団が共通の敵を持つことで結束はより強化される。
だが、内集団で満たされる承認欲求は仮想かつ空虚なもの。それでも追い求めてしまうのは「ドーパミンが枯渇している状況で欲求が満たされると、さらに(仮想的な)承認を得るために行為がより過激になる、という悪循環に入る」(山口氏)からだ。このメカニズムが企業経営すら脅かす悪意の正体と言えるのではないか。
経済学の知見から「他国人と比べて日本人は特に意地が悪い」と示唆する研究結果もある。高知工科大学フューチャー・デザイン研究所の西條辰義特任教授らによる研究だ。
相手の“損”がうれしい日本人
まず、次のようなゲームを考えてみよう。条件は3つ。①自分と相手の2人が参加。②それぞれが10ドルずつ持つ。③2人がお金を出し合うと、出し合った合計金額の7割を互いに受け取れる。ゲームの参加者は「お金を出さない」「10ドル支払う」のいずれかを選ばなければならない。
この条件では、自分だけが支払って相手が払わないと7ドルしか得られない。つまり損をする。したがって、2人とも「お金を出さずに10ドルずつを手元に残す選択をする」ケースが多いという結果になる。
ここで、西條氏らは先述の条件③を変更。リターン割合を「1.5倍」に変え、支払う金額も0~10ドルから自由に選べるようにした(下図参照)。この条件では自分が10ドルを支払えば最低15ドル、最大で30ドルを得られる。手元に残るお金が確実に増える「支払う」という選択の経済合理性は高い。それでも「支払わない」という判断が相当数あった。なぜか。
というのも、自分が10ドル支払う場合、相手が受け取るのは25~30ドルとなる。自分が1ドルも支払わなければ、相手が受け取れる額は10~15ドルだ。日本人は自分がより多くお金を受け取ることよりも、相手が受け取る金額が少なくなることを重視するケースが多かった。支払わなかった被験者からは「相手の利益が少なくなることがうれしい」との声が聞かれたという。
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