熱狂と失望が入り交じるなか、多くのビジネスパーソンが事業化に挫折するメタバース。挑む壁は高いが、新たなインフラは社会を変える可能性を秘めている。メタバースが拓く3つの未来──。その果実を勝ち取るのは誰か。

 担当者の9割がメタバースを事業化できていない──。2月6日、NTTデータ子会社のコンサルティング会社であるクニエ(東京・千代田)がこんな統計を公表した。メタバースの事業化検討に関わったビジネスパーソン1803人のうち91.9%が事業化にたどり着けていないという。理由としては「メタバースならではの価値を見いだせない」などが挙げられていた。当事者を悩ますメタバースの事業化。成功に向けた「メタバースならではの価値」とは何なのか。今後のビジネスを考える上でヒントとなる3つの未来を紹介しよう。

(写真=AP/アフロ)
(写真=AP/アフロ)

 2022年12月2日、サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会の日本対スペイン戦。三笘薫選手がゴールライン際でボールを送り返し、決勝点のアシストにつなげた。「三笘の1ミリ」と呼ばれるライン上の攻防が日本中に熱狂を生んだのは記憶に新しい。

 日本サッカー史に残るあの感動を支えた技術を持つのが、ソニーグループ傘下の英ホークアイ・イノベーションズだ。複数台のテレビカメラの放送映像を同期再生するビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)を、W杯主催の国際サッカー連盟(FIFA)に提供した。VARによる精緻な判定が「三笘の1ミリ」をアシストした。

ソニーが挑む「新体験」

 今、ソニーはホークアイの技術を利用して、スポーツとメタバースの新たな可能性に挑戦する。21年、英人気サッカークラブのマンチェスター・シティーとパートナーシップ契約を結び、次世代のファンコミュニティーの実現に乗り出した。

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 「ファンが3次元のアバターに変身し、選手の隣で試合のプレーを間近に見ることもできる。テレビ中継とは全く違う試合体験だ」。ソニーで新規事業開発を手掛けるコーポレートプロジェクト推進部の小松正茂統括部長はマンチェスター・シティーとの取り組みをこう説明する。誰もが見たことも感じたこともない、極限のライブ体験の世界。これが1つ目の未来だ。

 もしもW杯での「三笘の1ミリ」を彼の視界で見ることができれば、あの熱狂はどう感じられただろうか。ソニーが進める取り組みは、そんな体験につながるかもしれない。

 カギを握るのはホークアイの技術である「スケルトラック」。複数のカメラで、骨格情報を含む選手の位置や動き、ボールの動きをリアルタイムでトラッキングする。スケルトラックが得た情報を選手の3次元モデルに当てはめれば、いわば試合のデジタルツインができる。すると、「試合を見る視点が全く自由になる」(小松氏)。トラッキングで得た姿勢情報から、ピッチを動く選手の視点に近い体験も可能になる。

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