企業がキャリア採用に熱心な理由は、過去の採用抑制の反動だけではない。新卒一括採用のプロパー社員だけでは、事業環境の激変に追いつけない。キャリア採用の強化は「勝てる組織」を作るための重要戦略になりつつある。

1月27日、東京・中野にほど近い場所にある、東京海上日動火災保険の研修施設に、全国の同社拠点で働く80人余りの社員が集まっていた。6人で1グループとなり、真剣な表情で話し合っている。
彼らは皆、20~30代の若手で東京海上の総合職に転職してきたキャリア採用組だ。この日は、キャリア採用者同士で、自分が現在就いている業務と課題について考える、フォローアップ研修が行われていた。
「お客様とのやり取りがどこまで進んだか可視化できれば、チーム内の情報共有も楽になる」「営業目標の到達点をもっと定期的に確認してほしい」──。ほとんどが初対面だが、プロパー社員の輪に飛び込んだマイノリティー同士であるだけに、互いの悩み、問題意識は重なる。
東京海上は創業140周年を迎えた2019年に、これまで主に一部の専門職で行っていたキャリア採用を総合職でスタートした。主に、営業や保険金支払部門という、損保の第一線ともいえる職種が対象だ。
東京海上といえば、大学生を対象にした「就職人気ランキング」上位に毎年名前を連ねる人気企業。多くの優秀な学生を獲得できるにもかかわらず、なぜここにきて総合職のキャリア採用を開始したのか。
「うちの社員は皆、真面目で優秀。よく言えば『優等生型』だが、それだけではこれからの世の中を勝ち抜くことはできない」。こう話すのは、同制度の立ち上げに関わった、人事企画部人材開発室の山城真氏だ。
損保業界は今、大きな変化の真っただ中にある。主力の自動車保険は自動運転技術の発達で、保険のあり方自体が大きく変わろうとしている。気候変動による自然災害の増加にも対処しなければならない。今までと同じやり方、考え方では時代のスピードに追い付いていけない。従来の枠を超えたアイデアや刺激をもたらしてくれる人材が必要だ。
人事部に配属される前は、ベトナムの現地法人で採用を担当した山城氏。必ずしも保険業界の経験がなくても活躍できるケースを目の当たりにしていただけに、転職者の受け入れも選択肢になると考えた。「損保は、ほぼすべての業界と保険を通じて接点を持つ。途中からの入社でもシナジーは生まれるはず」(山城氏)
実際に募集をかけてみると、金融のみならず、さまざまな業界からの応募があった(上図)。20年に入社し、現在京都支店で働く高橋翔氏(32歳)は、大手電機メーカーなどで働いたキャリアの持ち主だ。電機メーカーでは、法人向けにプラント関連の営業を担当。エンジニアに頼らず「自分の力だけでモノを売りたい」と、形のない商品を売る損保営業に挑戦すべく東京海上の門をたたいた。
すでに入社したキャリア採用のメンバーは、想定以上に組織に好影響を及ぼしている。
「営業目標の数字の立て方が甘い」。大手証券会社や、利益率の高いことで有名な某電子部品メーカーから転職してきた人からは、戦略を詰めれば売り上げは上積みできると指摘された。「会議が多すぎる。もう少し現場に裁量権を与えてほしい」との声も。異なる価値観や視点が変革のエネルギーとなり、これまでの東京海上のカルチャーと「化学反応」を起こしている。
新卒採用しか経験がなかっただけに、キャリア採用向け研修など、受け入れ態勢の整備は試行錯誤が続く。だがそれ以上にメリットはある。今後も、毎年4月と10月に、総合職のキャリア採用を実施する考えだ。
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