欧州と違いエネルギーを国内で調達できる米国が直面するのが、深刻な人手不足だ。コロナ禍で人々の意識が変化したことも手伝い、製造やサービスの現場に人材が戻らない。バイデン政権は移民の受け入れを急ぐが、人件費の高騰は終わりが見えない。

 「野生動物のいるジャングルをくぐり抜けてベネズエラから来た」

 米ニューヨーク市マンハッタンの観光名所、タイムズスクエアの目と鼻の先にある四つ星ホテル「ロウNYC」。その外壁に寄り添うようにたたずむミセルさん一家に出会ったのは2023年1月下旬のことだ。

 スペイン語と英語をスマートフォンアプリで翻訳しながらのたどたどしい会話。「なぜここに来たのですか」と聞くと、「家族を養うために仕事を探しにきた。本国の政府は僕たちを助けてはくれない」と返ってきた。聞けば1カ月前にニューヨークに到着し、週4日ではあるが建設現場の清掃の仕事に就けたという。

 「もっと働きたい。妻も仕事を探しているけど見つからない」と訴えるが、2人とも英語が話せないうえ、2人の子供のうち1人は乳飲み子だ。妻のベレンさんはマンハッタンのど真ん中でも臆せず乳房をあらわに授乳する。「米国になじめるだろうか」と少し心配になった。

ニューヨーク市マンハッタンの中心部にあるバスターミナルには連日、テキサスやアリゾナからたくさんの移民が乗った大型バスが到着する(写真=VIEW press/Getty Images)
ニューヨーク市マンハッタンの中心部にあるバスターミナルには連日、テキサスやアリゾナからたくさんの移民が乗った大型バスが到着する(写真=VIEW press/Getty Images)

 発端は22年春。テキサスやアリゾナといった国境際の州や市の政府が、ニューヨーク市やワシントンなどに大型バスで大勢の移民を送り込んでくるようになったことだ。21年のバイデン政権発足で国境を越えてくる移民の数が激増したため、手に負えなくなった一部の州が強硬手段に出た。移民たちの出身地は、経済の崩壊や地震の被害などで国外に脱出する国民が増えているベネズエラやニカラグア、ハイチなどだ。

移民の流入急増を受けて非常事態を宣言したニューヨーク市のエリック・アダムズ市長(写真=The New York Times/Redux/アフロ)
移民の流入急増を受けて非常事態を宣言したニューヨーク市のエリック・アダムズ市長(写真=The New York Times/Redux/アフロ)

 「限界点に達した」。ニューヨーク市のエリック・アダムズ市長は1月上旬、こう悲鳴を上げた。22年10月に市の非常事態を宣言し、マンハッタン中心部の複数の大型ホテルと契約を結び移民専用のシェルター施設に転用。市がホテルに支払う費用は1部屋で1日当たり500ドル程度とみられている。

 「ワールド・サンクチュアリ(世界の聖地)」の異名を持つニューヨーク市には、「請われればすべての人に安全に眠る場所を与えなければならない」と定めた法律がある。ニューヨーク市に来て1カ月で、パスポートもないのに職が与えられているミセルさんを見ても、同市の移民に対する寛容さがうかがえる。

 だがその結果、すでに新型コロナウイルスの流行で脆弱になった市の財政は火の車だ。10カ月間でやってきた移民は4万人を上回り、人道的支援に総額10億ドル(約1300億円)を拠出しなければならなくなった。アダムズ市長は「本来なら連邦政府が請け負わなければならない義務をニューヨーク市が負担している」と批判し、連邦政府とニューヨーク州政府に資金援助を求めている。

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