規制にどう対峙するか。かつてないほどの切迫感を多くの企業が持ち始めた。ルール活用の巧拙が企業の明日を左右する。もう誰も無関係ではいられない。先達の道程を手掛かりに、「規制の時代」を乗り越える知恵を探ってみよう。
楽天グループ(医療・通信)
「トップ外交」が新たな扉をこじ開ける

「これほど現場を重視する大企業のトップは珍しい」(経済産業省幹部)。周囲からおしなべてそう評される通り、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は、そのフットワークの軽さで多くの規制をクリアしてきた。
まずは、がん治療事業。経済学者だった父・良一氏が2012年秋に膵臓(すいぞう)がんと診断されると、プライベートで国内外を飛び回り治療法を探した。たどり着いたのが、オバマ米大統領(当時)が12年の一般教書演説で紹介したばかりの「光免疫療法」。三木谷氏は、開発と実用化のライセンスを独占していた米アスピリアン・セラピューティクス(現楽天メディカル)に個人で出資した。
「世界最速でがん患者に提供したい」。周囲にこう檄(げき)を飛ばす三木谷氏に突き動かされ、アスピリアンは15年に米国で、18年には日本でも治験を始めた。薬剤の原材料を確保しようとした三木谷氏は「ダボス会議(世界経済フォーラム)に向かい、ドイツの大手製薬会社会長と直接交渉した」(楽天幹部)。国内外の病院も飛び回り、医師から治療の課題を聞き取りチームへのフィードバックを重ねてきたという。
楽天メディカルは日本法人を通じて「先駆け審査指定制度」「条件付き早期承認制度」といった日本の仕組みを利用し、20年9月には「切除不能な局所進行または局所再発の頭頸(けい)部がん」を対象に、薬剤の製造販売が承認された。光免疫療法が保険適用になり、がん患者への提供が可能になった。日本が最初の承認国になると薬価が低くなる展開も見えたが、「世界を変える」ことにこだわる三木谷氏にはそれほど大きな問題ではなかったはずだ。
国会議員へのロビー活動も
携帯キャリア事業の参入規制を打破できたのも、三木谷氏の立ち位置と活動がうまく作用した。主にIT系企業が参加する経済団体「新経済連盟」を設立して代表理事を務める三木谷氏は、与野党を問わず国会議員へのロビー活動に取り組んできた。
政府の産業競争力会議のメンバーでもあったため、ここから官房長官時代の菅義偉前首相と気脈を通じた。「携帯料金の高止まりを是正するのに楽天を利用するよう持ち掛けた」(菅氏側近の自民党ベテラン議員)とされる。
菅氏の強い意向で総務省が方針を転換し、4G(第4世代移動体通信システム)向け1.7GHzの周波数割り当てを楽天に通知したのは18年4月だった。通信の専用機器をクラウド上のソフトウエアに置き換える世界初の仮想化技術を導入し、料金を抑えることに成功した。
基地局の整備の遅れにより19年10月のサービス開始が危ぶまれた際は、三木谷氏が前面に出て対応。基地局の設置を急ピッチで進めるため、幹部から400人規模の人事異動を相談されると、翌日には決行した。「役員会議では、エース級の社員を出すよう指示していた」(別の楽天幹部)という。三木谷氏自身も汗をかいた。高層ビル群が広がるエリアで設置が難航すると、自ら地権者らを訪ねて交渉をまとめた。
リーダーシップを発揮し、先頭に立って様々な領域に風穴を開けてきた三木谷氏。だが、振り返れば楽天は傷だらけにもなっている。携帯事業が財務を圧迫し、22年1~9月期は同期間で4年連続の最終赤字に沈んだ。新たに切り開いてきた領域で楽天は果実を手にできるのか。三木谷氏の手腕が改めて問われている。
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