経済は今日、国の安全保障の柱として見なされ、世界的にルールが増加している。米国や中国の規制は現地法人に限らず、日本で活動する企業にまで影響を及ぼす。日本政府は守りを固める観点で経済安全保障推進法を制定したが、論点はまだ多い。

経済安全保障推進法に基づき、半導体は特定重要物資に指定された。先端技術をどう確保するかが課題となる(画像=Yuichiro Chino/Getty Images)
経済安全保障推進法に基づき、半導体は特定重要物資に指定された。先端技術をどう確保するかが課題となる(画像=Yuichiro Chino/Getty Images)

 「法律を変えないまま、国がNTTやKDDIなどの民間企業に『何とかしてほしい』と要請してくる事態は、勘弁していただきたい」

 NTTの澤田純会長は、日本各地を標的としたサイバー攻撃への対処について苦言を呈す。自民党が2022年10月にまとめた経済安全保障の提言でも、サイバーセキュリティー強化は課題として挙がる。15年に「サイバーセキュリティ基本法」が施行されているものの、通信大手にとって根本的な問題が存在するという。

憲法はサイバー未対応

 「憲法との関係性を整理しなければ前に進めない」と澤田氏は語気を強める。憲法第21条2項は「通信の秘密は、これを侵してはならない」と規定する。国家による検閲を防ぐためだが、現代ではサイバー攻撃の攻撃者を特定・名指しする「アトリビューション」もできないことになる。

 国の安全保障という観点で企業への役割分担が焦点となってきた一方、規制をつかさどる法整備が追いついていないことに各社が気をもむ。澤田氏は、最高法規である憲法の改正議論でこの件も扱うのか、そうでなければ別の法律で事業者の権限について明記すべきだと主張する。

 逆に、政府からの要請について企業側が理解を示すべき分野もあるという。例えば、「サーバーを海外に置きたいというのは、通用しない時代になっている」と澤田氏は語る。この言は、21年に発覚したLINEの保有する個人情報の一部を業務委託先の中国企業が閲覧可能だった問題に端を発した、一連の議論を指す。

 LINE騒動を受けた総務省は22年、電気通信事業法の改正に向けた報告書をまとめた。しかし、アプリ利用者の個人情報を管理しているサーバーがどこにあるか、国名の公表義務化は見送りとなった。楽天グループの三木谷浩史会長兼社長をトップとする新経済連盟が、「過剰規制」と批判。議論が紛糾したためだ。

 経済安全保障に基づく規制を強化するか、企業の自由競争に任せるか。この議論はあらゆる分野で増えていきそうだ。澤田氏は日米経済協議会の会長も務めており、海外の規制が日本企業にも触手を伸ばしつつある実感があった。「各企業は経営環境のトレンドが変わったと認識しなければならない」と警鐘を鳴らす。

(写真=的野 弘路)
(写真=的野 弘路)

 その危機感は大企業を中心に急速に広まっている。三菱電機の日下部聡常務は「もはやコンプライアンス(法令順守)の枠組みが変わっている」と強調する。「日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)だけでなく、米国や中国の新規制、さらに提案段階のルールまで幅広く情報収集し、解析しないと経営判断のリスクが増大する」という。同社は国内の品質不正問題で窮地に陥ったが、現在はガバナンス(統治)整備に敏感。20年10月発足の経済安全保障統括室は、これから陣容を拡大する方針だ。

「軍民両用」で規制拡大

 冷戦時代は西側諸国によるココムという枠組みがあり、旧共産圏への輸出管理をしていた。1987年に東芝機械が工作機械を旧ソ連に輸出したことが発覚すると、激怒した米レーガン政権に中曽根政権が対応。日本に乗り込んできた米高官に経団連も説明する事態となった。ただ、違反しない限りは「あの頃のほうがはるかに分かりやすい規制だった」と複数の企業幹部が口をそろえる。禁輸対象の製品は参加国間で話し合って決め、日本側は外為法に基づいて企業が輸出管理をすればよかった。

 冷戦後は大量破壊兵器の不拡散が主題となり、軍事目的を見張ることがテーマだった。ただ、現在は軍民融合のデュアルユース(軍民両用)が増え、規制対象は拡大。人権監視も経済安保に含まれるようになった。

明確な兵器以外も、規制・保護対象が拡大してきた
明確な兵器以外も、規制・保護対象が拡大してきた
●貿易に関わる主な安全保障の枠組み
[画像のクリックで拡大表示]