個々の企業内で人材の最適化を図ろうとする仕組みは限界を迎えている。副業が、制度疲労を起こしている日本の人材活用法を突き崩す足がかりになるのは確実だ。一方で「自己成長」「キャリア自律」を免罪符に企業は雇用責任をうやむやにしてはならない。

 「今の大企業は、人件費の重い中高年人材を過剰に抱えながら、若者をはじめ能力ある人材を十分に生かし切れていない」。これは、今後5年の間に日本が集中実施すべき施策を有識者の議論を経てまとめられた報告書「選択する未来2.0」の中の一文だ。21年6月に政府が開いた経済財政諮問会議にて提出された。

 報告書では、大企業の人材活用が抱える問題点が指摘されている。大学卒業後に入社した会社で、一定のスキルを習得していても、時間がたてばその企業でしか通用しない人材となっていく。自分の能力を試す機会を持つことなく、場合によっては能力を生かせず埋もれてしまう。

出所:令和3年第8回経済財政諮問会議の配布資料「選択する未来2.0報告」を基に編集部作成
出所:令和3年第8回経済財政諮問会議の配布資料「選択する未来2.0報告」を基に編集部作成
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 副業は、こうした大企業の硬直的な人材育成法に一石を投じるものとして注目されている。上の図は人材流動化時代の能力開発や就労支援のあるべき姿を示した概念図だ。学びや就労を繰り返しながら、自分の持つスキルを最も発揮できる組織を渡り歩く個人の姿が描かれている。

 確かに、既存の会社組織に軸足を置きつつ、次なる活躍の場を模索することができる副業のような働き方は、人材流動化時代には有効なツールとなるだろう。

 だが手放しで喜べない課題もある。「大企業の副業制度を使いこなせるのは、高度なスキルを持った自律的で生産性の高い人材」(東洋大学の川上淳之教授)との指摘からも分かるように、働き手の流動を副業で促すだけでは、人材の需要と供給のミスマッチは解消されない。人材の質の底上げを図るため、政策や企業の関与は引き続き求められるだろう。

経営理念が一層重要に

 「キャリアの自律」「働き手を尊重」という聞こえのよい言葉が先行し「企業側に本来求められるべき『雇用する責任』の所在がうやむやになるリスクもある」(大和証券グループ本社の鈴木茂晴名誉顧問)。ビジネス環境の変化が激しくなり、会社の永続性に疑問符が付く時代だからこそ、働き手に真剣に向き合う姿勢が経営規律の維持にもつながる。

 「ビジネスの方向性や経営理念が今まで以上に重要になってくる」。機関投資家の立場から数々の企業との対話を通じて、人的資本政策のあるべき姿を議論してきたコモンズ投信の伊井哲朗社長はビジョンへの共感こそが、優秀な人材を集める際のポイントになると話す。

 働き手も企業も「選ばれる」人材流動化時代。副業制度を生かすも殺すも、企業の知恵にかかっている。