工業製品、農産物、化粧品──。虎の子の独自技術があっさりと流出している。模倣品による経済損失は世界で70兆円、日本で3兆円を超すと試算される。巧妙化・高度化する手口に、日本企業が振り回されているのが現実だ。

日本製鉄は、虎の子の電磁鋼板関連技術の漏洩に関わったとみる元技術者や企業を相次いで提訴している(写真=左上(日本製鉄):AP/アフロ、左下(宝山鋼鉄):アフロ、中下(ポスコ):ロイター、右下(トヨタ):AFP/アフロ)
日本製鉄は、虎の子の電磁鋼板関連技術の漏洩に関わったとみる元技術者や企業を相次いで提訴している(写真=左上(日本製鉄):AP/アフロ、左下(宝山鋼鉄):アフロ、中下(ポスコ):ロイター、右下(トヨタ):AFP/アフロ)

 「(韓国鉄鋼大手の)ポスコ側に技術を教えたのは私です」――。新日本製鉄(現・日本製鉄)八幡製鉄所の技術者として働いていた男性は、静かに口を開き、技術情報を外部に漏らした経緯を詳細に語った。

 日本製鉄は2012年、電力インフラの変圧器などに使う「方向性電磁鋼板」の製造技術情報が盗まれたとして、ポスコとその技術者らを相手取り、提訴した(日鉄とポスコは既に和解)。日鉄側は元技術者4人が情報流出に関与したと名指しした。男性はその一人だ。

 男性は1955年、日鉄に入社。八幡製鉄所内の電磁鋼板工場に配属され、電磁鋼板設備を開発・改良するエンジニアとして37年間勤務、定年を待たずに自主退職した。その後、鋼板の熱処理炉設計などを行う会社を設立し、ポスコなどの外国鉄鋼メーカーと取引するようになった。

 「ポスコがあなたの技術を欲しがっている。韓国に来てほしい」。日鉄OBの知人から、こう頼まれた。男性の説明によると、日鉄時代に取得した電磁鋼板の製造設備装置に関する特許は、出願後20年で切れ、発明者に帰属することになる。それを待ち、2002年ごろにポスコの技術指導者として韓国へ渡り、5年ほど働いた。男性は「開発した技術を多くの人に使ってもらいたかった」と釈明する。男性の会社は06年ごろに2億~3億円を売り上げた。

「あなたの技術は知っている」

 男性は、中国鉄鋼大手の宝山鋼鉄にも自らの技術を売り込んだ。ところが、事態は思わぬ展開に。突然「あなたの技術はもう知っている」と言われたのだ。実際、自分しか知り得ない技術情報を披瀝(ひれき)された。

 「技術指導をしたポスコの誰かが、宝山側に漏らしたに違いない」。それはすぐに判明した。知人のポスコ元社員が、宝山に製造技術を流出させたとして韓国で逮捕、起訴された(08年に有罪確定)。カネに困り、密通したのだ。ポスコ元社員は裁判で、日鉄から教わった技術を宝山に開示したと証言した。

 事態を重くみた日鉄は、提訴に踏み切った。この男性は同社の聴取に応じ、謝罪の意を示したことから訴訟対象外となった。男性は「ポスコから宝山への流出は考えてもみなかった。思いがけない形で技術の“盗難”が起きる怖さを感じた」とうなだれる。日鉄は17年に、4人とは別の元技術者を技術漏洩で提訴。10億2300万円の損害賠償判決が下った。

 日鉄は、トヨタ自動車も使用する宝山鋼鉄製の電磁鋼板が特許を侵害しているとして21年、両社に損害賠償を求めて提訴した。トヨタは日鉄の大口顧客だが、法廷で闘うことを選択した。毅然たる態度を示さなければ、漏洩の脅威から日本の技術を守れないという危機感の表れだ。

 高品質を売りにした日本の技術の情報、製品、サービスの数々が今、海外流出の危機にさらされている。ウクライナ情勢の緊迫化を背景に欧米諸国と共産国家との緊張が高まる中、安全保障の裾野が外交・防衛分野だけでなく、経済分野にも及んでいる。