車業界、摩擦はあれど

トヨタとは相当摩擦が起きたと思うのですが、同社が値上げを受け入れた後、色々と話をしたのでしょうか。

 これからはカーボンニュートラルの時代です。電動車が出てくるけど、電池で重量は重くなる。そうすると、軽くて強度のあるハイテン(高張力鋼板)で軽量化する必要が出てきます。電動車のモーターに使う電磁鋼板も要ります。

 なので、けんかをしたから取引をやめましょうとはならない。鉄鋼業界も苦しかったのだなと分かってもらえれば、これからも一緒に手を携えてやっていくことには変わりありません。

トヨタに対しては、電磁鋼板に関する特許権を侵害したとして訴訟を起こしました。中国の宝山鋼鉄を訴える一方で、大口顧客であるトヨタも相手取ることに迷いはなかったのでしょうか。

 迷いはなかったです。訴えなければ「技術第一」「技術で生き抜くんだ」と私が言っていることがうそになります。うちの競争力の源泉は何かといえば技術ですから守るのは当たり前ですよね。

橋本さんは考え方が合理的で、ぶれることがないようにも感じます。そうした姿勢が培われた原点はどこにあるのでしょうか。

 ど田舎で育ったというぐらいでしょうか。10月に久しぶりに(熊本県球磨郡の)実家に帰ったんです。そうしたら田舎でしょう、何もないわけです。要するに、自分しかいないから、苦境に陥っても人のせいにできない環境なわけですよ。よく都合が悪くなったり、苦しくなったりすると、社会が悪い、あいつが悪いっていう人っているでしょう。

 でも、人のせいにしてはいけない。田舎では互いに知っている人ばかりでしょう。だから、あの人のせいでとは思わないし、むしろ助けてもらうことの方が多い。何が言いたいかというとすべて自己責任だということです。

常に自分で結論を出し、自分で実行をしなければいけないと。

 たまたまですが、そういう性格なんだと思います。若い時から人に「どうしよう」とか「おまえどう思う?」とか、あまり聞きませんでしたね。私から言わせると、自分の頭で考えたことでしか責任を持って仕事をできないんです。それが経営スタイルとしていいか悪いかは別として、自分はそういう性格なのだと思います。

よりどころは自分だという意識があれば、常識にとらわれない経営ができるのかもしれません。

 近い将来、社長を退任する時、1つだけ自分がこだわったKPI(重要業績評価指標)は何だったかと聞かれたら、私は社員に支払っていた給与をどれだけ増やせたかだ、と言うと思います。労働組合の委員長には、賃金の改善を以前の製造業の中で鉄鋼業が占めていたトップのレベルまで戻せたことが一番うれしいんだ、と言っています。

 中国の古典で「恒産無ければ恒心無し」という言葉があるのをご存じでしょうか。安定した財産や職業をもっていないと、安定した道徳心を保つことは難しいという意味です。給料が安いのに一生懸命やる人はほんの一部です。我慢ができても1~2年でしょう。

(写真=加藤 康)
(写真=加藤 康)

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