カーボンニュートラルは日本製鉄にとって避けて通れない重大な経営課題だ。製鉄プロセスで出る副産物を価値ある材料に変え、二酸化炭素のオフセットに使い倒す。動き出したのはこれまで脇役だった技術者たち。眠っていた人材力を引き出し難題に挑む。

 日鉄は2030年度に二酸化炭素(CO2)排出量を13年度比3割減らし、50年度にゼロにする目標を掲げている。その命運を握るのが大量のCO2を排出する石炭(コークス)の代わりに、水素を使って鉄鉱石から酸素を取り除く「水素還元製鉄」の実用化。できるのはCO2フリーの銑鉄だ。

 その先兵になるのが東日本製鉄所君津地区(千葉県君津市)。ここにそびえる第2高炉が25年度下期から一部、設備を衣替えする。製鉄所内で集めた水素ガスを使いCO2を10%以上減らす実証テストのためだ。

 高炉から出るCO2を回収する技術も使い、計30%を削減する。脱炭素に向けた大きな一里塚になるとあって、プロジェクトを率いる先端技術研究所の野村誠治所長は「時間は一刻の猶予もない。必ず成し遂げる」と強調。技術開発の総本山、REセンター(千葉県富津市)ではチームが一丸となってプラント設計や操業システムの開発に汗をかく。

 水素還元製鉄だけではない。CO2を回収・貯留・再利用する「CCUS」の技術開発でも二の矢、三の矢を放っている。力を発揮するのはこれまで“脇役”だったエンジニアたちだ。

海藻がCO2をオフセット

 REセンターの一角には、潮の満ち引きから日照時間まで、自然の海の浅瀬を再現した巨大な水槽が鎮座する。

鉄鋼スラグを使ったブルーカーボンの実用化を進める小杉氏(写真=加藤 康)
鉄鋼スラグを使ったブルーカーボンの実用化を進める小杉氏(写真=加藤 康)

 水槽の様子を見守るのは、同研究所環境技術研究室の小杉知佳研究第一課長。日鉄初の水産学科出身という異色の経歴で、CCUSのキーパーソンの一人だ。

 水槽内にはアマモなど海藻が揺れている。鉄とアマモ、一体どんな関係があるのか。それを知る手掛かりは、ウニやアワビの産地として名高い北海道増毛町にある。

 同町の漁場で22年11月、袋詰めの「ビバリーユニット」が次々と落とされた。ビバリーユニットは製鉄工程などで発生する副産物の鉄鋼スラグと腐植土の混合物だ。

 鉄分は海藻類の成長を促す栄養素として知られている。04年に実証試験をしたところ、ビバリーを埋めたエリアはその1年後、1m2当たりの昆布の重量が、埋めなかったエリアの220倍になった。14年には、ビバリーを敷いた海底でウニの取れ高が増えるなどの効果を確認。本格的な事業開始にこぎ着けた。

 日本の沿岸部では過去10年以上にわたり、藻場が衰えて貝類や魚類の生態系に影響を及ぼし、昆布などが生えなくなる「磯焼け」が深刻になっている。そこで救世主になったのがスラグだ。小杉氏は09年の入社以来、スラグを使った藻場再生などの研究を続けている。

 「自分の研究は日鉄に貢献できているのか」。小杉氏は、技術開発の組織の中でいわば傍流中の傍流。「(水槽の)おもちゃがあって楽しそうだね」とやゆされたこともあった。しかし、脱炭素の流れが押し寄せた20年ごろから社内の雰囲気が変わった。