日本製鉄は大赤字からV字回復し、直近で過去最高益を更新した。13代目社長、橋本英二氏がリーダーシップを発揮し、よみがえらせた。個別最適に陥ることを戒め、全体最適へと組織を導いた改革の全容に迫る。

橋本社長(右)は値上げ交渉で最重要顧客の一社であるトヨタ自動車の豊田章男社長(左)と対峙した(写真=豊田章男氏:UPI/ニューズコム/共同通信イメージズ、上(工場):共同通信、橋本英二氏:加藤 康)
橋本社長(右)は値上げ交渉で最重要顧客の一社であるトヨタ自動車の豊田章男社長(左)と対峙した(写真=豊田章男氏:UPI/ニューズコム/共同通信イメージズ、上(工場):共同通信、橋本英二氏:加藤 康)
橋本 英二氏
日本製鉄社長
1979年に新日本製鉄入社後、主に鋼板の営業畑を歩む。96年からは輸出や海外営業など主にグローバル事業を担当。新興国開拓や数々の海外メーカー買収などに力を尽くした。

 トップに就任した2019年を起点とする橋本改革は、強烈な自己否定から始まった。

 「経営統合は会社をよい方向へ向かわせるきっかけにはなっても、(経営改善の)対策にはならない。外には立派なことを言っているけど、お互い苦しくなって統合したんだ」

 統合とは、旧新日本製鉄と旧住友金属工業の合併を指す。

 世紀の大合併といわれてから、22年10月で丸10年がたった。誕生した新日鉄住金の連結売上高は約4兆3900億円、従業員は7万6000人。当時、世界首位の欧州アルセロール・ミタルに次ぐ2位に躍り出た。中国勢も台頭するなか、会社統合でグローバル競争を勝ち抜くことを掲げたが、統合こそが「経営危機に陥る真因だった」。その意味と構造改革の全容を説明する前に、改革の成果を見てみたい。

2026年3月期までの日鉄の構造改革骨子
2026年3月期までの日鉄の構造改革骨子

 22年3月期の連結決算は記録ずくめだった。売上収益は前の期比41%増の6兆8088億円、本業のもうけを示す事業利益は8.5倍の9381億円。連結純利益(国際会計基準)と合わせ、そろって統合後の過去最高となった。ROS(売上事業利益率)は13.8%と前の期比12ポイントも増え、こちらも過去最高となった。

 23年3月期の市場環境は厳しいがどこ吹く風。世界の粗鋼生産量が22年8月まで13カ月連続で前年同月比マイナスになり、日鉄の同期の単独(国内)粗鋼生産量も3400万トンとピークの14年3月期から25%も落ち込む見通しで「過去に例のない事態」(副社長の森高弘)だが、連結純利益は2期連続で最高を更新する見込みだ。UBS証券の五老晴信アナリストは「構造改革の成果が如実に表れている」と評価する。

粗鋼生産量はピークから25%減も利益は過去最高
粗鋼生産量はピークから25%減も利益は過去最高
●新日鉄、住金統合後の業績と粗鋼生産量の推移 注:2013年3月期は上期は新日鉄、下期は新日鉄住金の業績を合算。19年3月期から国際会計基準
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 それでも橋本は「点数をつけるとすれば75点」と満足する様子はない。危機感はいまだくすぶり続けている。その危機感を持つに至った16年、新日鉄住金誕生から4年後に時計の針を戻そう。

進藤社長とのけんか

 当時、ブラジルの製鉄合弁会社、ウジミナスで起きていた経営混乱を収め、日本に帰ってきた橋本は社内のムードに違和感を覚えた。聞けば「高級鋼が売れている」「内需が好調」という。だが、実態はアベノミクスによる円安効果や、自動車メーカーの輸出が採算改善でもうかっているだけだった。

 「統合で規模が大きくなり、全員が勘違いしていた。みんな全体感が分からなくなっていた」。さらに、持ち合い株の解消という大義名分のもと、10年間で1兆円もの株式を売却、特別利益を吐き出しており、業績はかりそめのように見えた。

国内で4期連続赤字から急回復した
国内で4期連続赤字から急回復した
●国内製鉄事業の損益
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 予感は的中。18年3月期に国内の製鉄事業は統合後初の営業赤字に沈み、21年3月期まで4期連続でマイナスになった。鋼材をつくるほど赤字になり、安値是正につながる抜本的な高炉休止にも手を付けなかったことから需給緩和が慢性化。営業は安値販売に走っていた。

 「今やらなくていつ抜本的な改革をやるんですか。このままでは新日鉄がつぶれる」

 16年に副社長になると、社長の進藤孝生にかみついた。東京・丸の内の本社14階役員室で、真っ昼間からけんかをしたこともあった。当時、橋本はグローバル事業担当。インド製鉄大手エッサール・スチールやスウェーデン特殊鋼のオバコなどの買収に奔走していたが、取締役の大原則である善管注意義務に忠実に従い、取締役会でも積極的に意見していた。

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