サハリン2で生産されたLNGは基地(奥)からパイプを通じて船に送られる。船は2日ほどで日本に到着する(写真=共同通信)
サハリン2で生産されたLNGは基地(奥)からパイプを通じて船に送られる。船は2日ほどで日本に到着する(写真=共同通信)

 「我々は何も失っておらず、これからも失うことはない」。9月7日、ロシア・ウラジオストクで開かれた国際会議「東方経済フォーラム」でプーチン大統領はこう強調した。同フォーラムは、外資の投資を呼び込むためプーチン氏の肝煎りで2015年から開催。だが、第7回となった22年のフォーラムは、対立関係にある欧米中心に外国からの参加者は激減。日本政府も参加を見送った。

 ロシアの資源問題に詳しい石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の原田大輔調査課長は「プーチン氏は披露したかったある案件を発表できなかった」とみる。

サハリン2から日本へのLNG船ルート
サハリン2から日本へのLNG船ルート

 それは、ロシアの天然ガス開発事業「サハリン2」を運営する新会社への英シェルの参画である。シェルは9月頭、新会社には参画しないことを決めてロシア側に通告。何も失っていないと強がるロシアは、実際にはシェルを失っていた。

 6月末、プーチン氏は突如、サハリン2をロシア企業に移管する大統領令を発令。日本政府やエネルギー関係者には動揺が走った。だが原田氏は「本当のターゲットだったシェルの対応はプーチン氏にとって誤算だったのではないか」と指摘する。

 なぜ「誤算」だったのか。シェルはウクライナ侵攻直後に撤退を表明した。だが、シェルは徐々に技術者を撤退させていたものの、その後も生産活動を継続。それを見たロシアは、同国が主張する義務違反への罰金支払いと接収をちらつかせれば、シェルが軟化して新会社へ参画すると期待したのかもしれない。だが、シェルはその道を選ばなかった。「言行不一致」にも見えたシェルの態度がロシアの判断を惑わせた可能性もある。

 事業開始以来、シェルは実質的なオペレーターとして生産を担ってきた。権益の半分を持つのはロシア国営のガスプロムでも、生産を支えるのは技術力を有するシェル以外にない。「ロシア側は本音ではシェルに残ってほしかったはずだ」。資源開発に詳しい複数の専門家は口をそろえる。だが、売上高2600億ドル(約36兆円、21年)を誇る巨大メジャーにとってサハリン2は小さな事業の一つにすぎない。シェルは経済的損失より、ロシアに迎合して国際的評判を落とすリスクが重いと判断した。

権益維持した日本勢

ロシアから1割弱のLNGを調達する
ロシアから1割弱のLNGを調達する
●日本のLNG輸入国の割合(2021年) 出所:財務省貿易統計

 対照的に新会社への参画を決め権益を維持したのは三井物産と三菱商事の日本勢。背景には、日本全体で年間500万~600万トンもの液化天然ガス(LNG)をサハリン2から調達していることがある。これはロシアからの総調達量にほぼ等しい。日本のLNGの調達量のうちロシア輸入分は8.8%だが、エネルギー資源の多くを海外に頼る日本にとっては無視できない数字だ。日本勢の権益維持について、松野博一官房長官は9月頭、「日本のエネルギー安定供給の観点から非常に意義がある」と述べた。

 今後、注目されるのは、シェルの後釜にどの企業が入るかだ。シェルが抜けたあとの新会社の27.5%の株式は現在、ロシア政府が保有し、売却先を探している。一部で噂される中国は対米関係の悪化を懸念し消極的だという。今、名前が挙がっているのがロシアのガス大手、ノバテク。これが実現すれば、50%の株式を保有するガスプロムと合わせて、7割以上がロシア系で占められる。

英シェルはサハリン2の新会社へ参画せず
英シェルはサハリン2の新会社へ参画せず
●事実上、英シェルは撤退 ※ロシア政府が株式保有、今後、企業を選定し売却
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 サハリン2の権益を維持した日本勢は、今後も無傷でいられるのか。

 国内の電力ガス関係者が警戒するのが、今冬のエネルギー逼迫だ。LNGの用途は主に2つある。JERAや九州、東北電力といった電力会社はLNG火力発電所の燃料として使い、東京ガスや大阪ガスなどは主に都市ガスの原料に使う。利用する企業や家庭は、電力に加え、都市ガスまで供給を絞られる可能性がある。

日本各社がサハリン2からLNGを調達
日本各社がサハリン2からLNGを調達
●各社が契約する年間調達量

 冬は夏以上にガス発電による電力需要は高まる。日照量が低下し、太陽光発電の発電量が下がるからだ。都市ガスも暖房需要で利用が増える。「在庫は2~3週間程度だが、回転が夏より速くなり、世界各地から日本に来るLNG船の就航回数も増える」と大手都市ガス会社社員は言う。

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