
「撤退していただいて、ありがたい」──。徳島県海陽町の三浦茂貴町長は、山地での風力発電所の建設計画がこのほど中止となったことに安堵の表情を浮かべた。
ミネラルウオーターよりも、水道水がきれいな町。このキャッチフレーズに象徴されるように、海陽町は知る人ぞ知る自然の宝庫だ。かつて研究者がこの町の水道水の水質を調べたところ、市販されているミネラルウオーターより飲み水として優れた特質を確認できたという。
建設による汚水流入を懸念

今回の風力発電所建設の舞台となったのは、この水源である海部川の上流地域だ。環境省から「平成の名水百選」に認定されており、林野庁などが選定した「日本の滝百選」に含まれる「轟(とどろき)の滝」もある。
海陽町役場から車で1時間ほど、くねくねと山道を上っていくと水源の近くまでたどり着く。橋の上から清流を眺めると、川の底までくっきりと見える。まず都市部では考えられないほど、水の透明度が高いのだ。ここに生息する希少種の鳥類、クマタカやヤイロチョウにとっても貴重な水資源。そこで風力発電所の建設によって汚水が流入したり、土砂崩れの危険が増したりしないかと、反対運動が盛り上がった。

三浦町長が建設計画を知ったとき「寝耳に水で、業者の意図がさっぱり分からなかった」。町役場で計画書の閲覧が始まったのは、2020年5月だった。事業者であるJAG国際エナジー(22年10月からエネウィルに社名変更、拠点は東京・千代田)からは、事前の説明もないままいきなり書類が届いたという。
風力発電所の建設計画は、近隣の自治体の区域も含めて2カ所あった。山の尾根に沿って、合計70基を建てるという大規模案件だ。
伊勢エビをはじめとする漁業や林業で栄えてきた町は、突然の開発案件にざわついた。住民団体からは反対署名が出され、町役場を通じて徳島県庁にも提出。20年7月には徳島県の飯泉嘉門知事が「重大な環境影響が生じることが懸念されるが、動植物や景観などに対する検討が十分なされていない」などと、事業者に意見書を送った。
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