孤独感が増幅した裏には、2000年ごろからの日本経済の変質があった。成果主義、非正規雇用増、容易になった転職……。難しくなるばかりの組織運営の中で上司と部下の思いはすれ違う。

 「バカじゃねぇの。ふざけんなよ」

 「そんなやつが管理職でいること自体が俺はナンセンスだと思っているよ」

 「部下のミスはおまえのミス。部下ができないのはおまえのせい。ちゃんと働かないのもおまえのせい」

 東京都の公立福生病院(福生市)の事務次長が2016年10月28日から翌年2月27日の間に、部下の医事課長A氏(共に当時)に対して激しいパワーハラスメントを繰り返していた。怒声は元次長のものだ。

 A氏はパワハラで適応障害を発症し、病院の運営母体である福生病院企業団に慰謝料などを求めて18年2月、東京地裁立川支部に損害賠償請求訴訟を起こした。同支部は20年7月、パワハラを認定して同企業団に計約206万円の支払いを命じた。企業団は控訴したが、昨年2月両者は和解した。

 これは特異な例ではない。今、日本の企業や組織の中で深刻さを増している個人の「孤独感」の裏側を探ると、新型コロナの感染拡大によるリモートワークなど働き方の変化だけではない様々な要因が浮かび上がってくる。その一つが上司と部下の関係の変化だ。

 前述の福生病院のパワハラは、病院統計の入院患者数の集計を巡って起きた問題について、16年10月末の会議でA氏が行った事情説明に元次長が厳しい叱責をしたのが始まりとされている。以後、執拗に「能力がない」「バカ」「降格しろ」といった罵声を浴びせ続けたという。

 裁判の中で、企業団側は元次長の発言の一部は「(A氏の)管理職としての自覚を促し、資質を向上させるための必要な注意だった」などとしている。しかし、その叱責は度を越しており、判決では業務の必要な範囲を超えているとした。

 元次長の上司の事務長らも一部の会議に出席していたが、そのパワハラ暴言を制止したり、注意したりすることもなかったという。「元医事課長は誰にも助けてもらえず、強い孤立感を抱いていた」。元医事課長を支援した東京管理職ユニオンの鈴木剛・執行委員長は言う。

 パワハラという言葉が一般化したのは、00年代初め。その頃から問題になるケースが増え始め、ここ10年は特に目立ってきた。厚生労働省のまとめによると、都道府県労働局や労働基準監督署の労働相談窓口に寄せられた職場でのパワハラなど「いじめ・嫌がらせ」相談は、12年度の5万1670件から21年度は8万6034件へ66.5%も増え、全体の相談件数に占める比率も17.0%から24.4%に大きく上がっている。今、上司と部下の間に一体何が起きているのか。

[画像のクリックで拡大表示]

次ページ 上司の期待や感謝を感じない