新幹線が誕生して間もなく60年がたつが、今も建設が続いている。あと3年で国鉄の「寿命」を超えるJRは、果たして今の形のままでいいのか。時代の変化についていけない、鉄道の現実が浮かび上がる。

 2022年9月23日、西九州新幹線が開業した。長崎市の長崎駅から佐賀県武雄市の武雄温泉駅までの約66km、所要時間わずか23分(最速)の路線。博多方面へは在来線特急に乗り換えとなる。ある長崎県民は「佐賀県のわがままのせいで、新幹線がつながらない」と憤る。

 西九州新幹線は「全国新幹線鉄道整備法」に基づき建設され、建設費の3分の2を国、3分の1を地元の県が負担する。残る武雄温泉~新鳥栖(佐賀県鳥栖市)間はすべて佐賀県内だが、同県との調整が進まない。

 名指しされた佐賀県の山口祥義知事は、「この問題の本質を分かっていない。本来、西九州新幹線の開業の日には、佐賀駅(佐賀市)にも在来線を使う“新幹線”が通るはずだった」と反論する。

 福岡市との距離が遠い長崎県にとって、新幹線の開通は悲願だ。一方、佐賀駅から博多駅まで在来線特急で約40分しかかからない。「今の佐賀駅の鉄道環境は悪くない。むしろ便利な在来線特急がなくなるリスクのほうが大きい」(山口知事)

「佐賀県は新幹線を求めていない」と話す山口祥義知事(左)。武雄温泉駅での対面乗り換えが当面続く(右)(写真=左:菅 敏一)
「佐賀県は新幹線を求めていない」と話す山口祥義知事(左)。武雄温泉駅での対面乗り換えが当面続く(右)(写真=左:菅 敏一)
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頓挫した妥協案

 両県の妥協案として1992年、「長崎市と武雄市の間に新幹線規格の新路線を建設し、最高時速200kmの在来線特急(スーパー特急)を走らせる」という計画が決まる。長崎県にとって時間短縮になり、佐賀県は在来線特急を維持できる案だった。

 その後、スーパー特急ではなく、線路の幅が異なる新幹線と在来線を直通できるフリーゲージトレイン(FGT)へと計画が変わるが、佐賀県内は在来線を走る点に変更はなかった。

 しかし2018年に国土交通省がFGTの開発を断念し、前提が覆る。「佐賀県内もフル規格の新幹線でつなげるのが妥当」と国土交通省、長崎県、JR九州がそろって主張し始めた。

 佐賀県内区間をフル規格で整備すると、佐賀県の負担額は少なくとも660億円に達すると国は試算している。「何十年もの間、フル規格に投資していく意義があるのか。並行在来線やダイヤの問題など多くの大きなリスクがある」(山口知事)

 西九州新幹線を巡る混迷には、鉄道が直面する2つの問題が凝縮されている。

 まず、世の中の技術革新のスピードに鉄道事業がついていけず、新たなビジネスモデルが生み出せていない。西九州新幹線の基本計画は、高度経済成長を背景に1972年に立てられた。それからすでに50年たち、当時50万人近かった長崎市の人口は現在、40万人を切る。

 交通手段も当時とは大きく変わった。「十数年後には空飛ぶクルマができているかもしれないのに、新幹線で数分早く行くことにどれだけの社会的意義があるのか」。山口知事はこう疑問を呈する。

 第2の問題は、鉄道は重要な公共交通の一つであるにもかかわらず、主導するのは国なのか、地元自治体なのか、それともJRをはじめとする鉄道事業者なのか、曖昧になっていることだ。そのため利害関係を解きほぐすことが難しくなっており、持続的なビジネスモデルも描けない。

 佐賀県内の整備を巡っては、新幹線ネットワークという観点を重視する国交省やJR九州と、地元住民の利便性を確保したい佐賀県との対立が生じている。もともと国の計画だった整備新幹線計画が、地方の要求に応じて建設する位置づけになったことで生じた問題といえる。

 「国鉄は良くも悪くも官僚的で、天下国家を語る人が多かった」。こう話すのは、1985年に国鉄に入社し、JR東日本を経て今は青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授の福井義高氏だ。

 例えば、国鉄では輸送密度4000人未満のローカル線を廃止対象としたが「この基準は収支が合うかどうかというよりも、バス転換したほうが社会的なコストが低く済むという視点で決められた」と福井氏は話す。

 分割民営化でローカル線問題は解決したかに見えたが、そうではなかった。鉄道会社の経営史に詳しい熊本学園大学経済学部の嶋理人講師は「大手民鉄の成功体験をJRにも当てはめるのは無理があった」と指摘する。固定費が高い鉄道事業は、それ単体では成立し得ず「戦前は沿線への電力供給、戦後は不動産開発が大手民鉄の経営を支えた」(嶋氏)。これらは人口増を前提にしたビジネスモデルで、今はもう成立しない。

 袋小路を突破する方法はあるのか。そのヒントを探るために、日本の鉄道の歴史を振り返ってみよう。

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