国鉄の分割民営化によりJRグループが発足して35年、最大の危機が訪れた。新型コロナウイルス禍で乗客が激減し、各社の経営に深刻なダメージを与えている。事業構造の改革に向け、現場ではあの手この手の試行錯誤が続いている。

 1987年4月、国鉄が分割民営化され、JRグループが発足した。国鉄最後の決算となった87年3月期、営業損失は何と約1兆7000億円。ところがJR発足1年目から業績は一気に好転する。88年3月期、JR東日本、JR東海、JR西日本とJR貨物は営業黒字に転換した。

 その後、バブル崩壊、リーマン・ショック、東日本大震災など数々の試練はあったものの、おおむね右肩上がりで業績を伸ばしてきた。本州の3社に続き、JR九州も株式上場し、完全民営化をなし遂げた。

 しかし、新型コロナウイルス禍で、経営状況は一気に暗転する。2021年3月期は、JR貨物を除く6社がそろって営業赤字に転落。その総額は6社合わせて1兆円を超えた。これは、実は国鉄よりも悲惨な数値だ。

注:数値は原則として連結ベースだが、JR北海道とJR四国は1999年3月期、JR東日本とJR東海は89年3月期、JR西日本は91年3月期、JR九州は2002年3月期、JR貨物は16年3月期まで単体決算の数値。鉄道事業の割合は各社単体の鉄道運輸収入を基に算出した
注:数値は原則として連結ベースだが、JR北海道とJR四国は1999年3月期、JR東日本とJR東海は89年3月期、JR西日本は91年3月期、JR九州は2002年3月期、JR貨物は16年3月期まで単体決算の数値。鉄道事業の割合は各社単体の鉄道運輸収入を基に算出した
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 国鉄の会計基準では、営業損失1兆7000億円に支払利息など「利子及債務取扱諸費」約1兆3000億円が含まれていた。これを除くと、実質的な営業赤字は約4000億円。つまりコロナ禍は、国鉄末期の2倍以上の営業赤字をもたらしたのだ。

 22年3月期もJR北海道、JR東、JR西、JR四国の4社が引き続き営業赤字を計上した。一方、大手民鉄は15社のうち12社が営業黒字に転換した。この差は鉄道事業への依存度にある。不動産業、流通業など多角化を進めた東急の場合、連結営業収益(売上高)に占める東急電鉄の運賃収入の割合はわずか12%。一方のJR各社は、いまだ売り上げの半分前後を鉄道運輸収入に頼る。分割民営化から35年たっても事業構造改革が十分に進んでいない。

 JR西の長谷川一明社長は「人口減少など10年単位で進むと考えていた変化が、コロナ禍で一度にやってきた」と話す。変革待ったなしの状況に、JR各社の現場では前例にとらわれない試行錯誤が始まっている。

20万枚売れたサイコロきっぷ

 22年7月22日、JR大阪駅ではサイコロゲームが行われていた。駅名が書かれたサイコロを振って行き先を決める「サイコロきっぷ」の発売イベントで、2日間で800組1600人が参加した。販売枚数は発売から2カ月足らずで20万枚を超えた。料金は大阪市内から往復5000円なので、売り上げは約10億円だ。

大阪駅で開かれた「サイコロきっぷ」のイベント
大阪駅で開かれた「サイコロきっぷ」のイベント

 格安航空会社(LCC)のピーチ・アビエーションが21年8月から始めた「旅くじ」を参考にJR西が企画したこの切符。後追いと言えば身も蓋もないが、ゲーム性を高める工夫を凝らしたことがヒットにつながった。

 大阪市内発のサイコロの目は、比較的メジャーな観光地に交じって東舞鶴(京都府舞鶴市)、餘部(あまるべ、兵庫県香美町)といった知名度の低い駅をあえて加えた。「『何やねんそこ』といった驚きの反応を期待した」(営業本部の山田真義氏)からである。

 尾道(広島県尾道市)が出た場合はもう一度サイコロを振ることができ、6分の1の確率で博多(福岡市)が出る。大阪市内~博多間は正規運賃で往復2万9240円。それが5000円で行けるのだから、82.9%引きとなる。36分の1の確率でしか現れない“大当たり”だ。サイコロきっぷはSNSでバズり、購入者の約半数が10~20代。好評につき、9月15日から広島市内発の販売も始めた。

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