新型コロナウイルス禍によって消滅した年間3000万人規模のインバウンド需要。国内旅行の意欲も低下し、旅行業界は「誘客」に傾倒した戦略のひずみにはまった。稼げる観光を実現すべく、全国の事業者が挑む“3つのミッション”の最前線に迫る。

「アトラクションに前より並ばず乗れてよかった。園内も結構空いてたし」。8月、JR舞浜駅(千葉県浦安市)前で満足げに話してくれたのは、東京ディズニーリゾート帰りの女子高校生たち。運営するオリエンタルランドは、「数より質」を追求する方針へ転換し始めた。
観光業界の「強者」であるオリエンタルランドもコロナ禍を受けて、密を避けるべく入園者数に上限を設けた。すると収益に奇妙な変化が生まれた。売上高は減少したが、客1人当たりの販売収入が高まったのだ。混雑が緩和され、顧客満足度が向上。来園者がグッズや飲食にお金を使うようになったとみられる。
同社は2025年3月期の経営目標として、19年3月期を基準に来園者数を2割減の2600万人に抑えつつ、平均客単価を2割増の1万4500円に高める考え。21年には繁忙期に高い入園料を設定し、来園客を閑散期に誘導する「価格変動制」を導入した。
「数」を追わずとも「質」、すなわち1人当たりの消費額を増やせば経済的な成長は果たせる──。そんな「気づき」を得たのは強者だけではない。
既存ホテルに“魔法”をかける
阪急京都線の京都河原町駅(京都市下京区)から徒歩10分。鴨川近くのエリアに21年、フランス高級食料品ブランドの名を冠した「フォションホテル京都」が開業した。
1階ロビーでは桜の装飾や華やかな大階段が客を迎える。客室に入ると、ブランドカラーの「フォションピンク」が一面に広がる。戸棚には旅の疲れを癒やすメレンゲやクッキーといったスイーツ、テーブルのボックスには紅茶や砂糖が用意されている。
ここはかつて、修学旅行生も泊まる安価な宿泊施設だった。17年に不動産投資などを手掛けるウェルス・マネジメントが買収し、日本へのホテル進出を模索していたフォションと手を組み、内装や間取りを大幅に改修。パリに次ぐ世界で2軒目の「フォションホテル」が誕生した。
高級感を演出する“魔法”の一つが客室面積の拡大。客室数は144から59に減ったが、5000円ほどだった客室単価は約6万~13万円に高まった。食事も一級だ。フォションの朝食やアフタヌーンティーは、1人およそ3000~6000円と比較的高価だが、女性を中心に多くの客を魅了する。
日本では「富裕層を呼び込める高価格帯の宿泊施設が少ない」との指摘が多い。その裏返しか、近年は外資系高級ホテルが投資会社やデベロッパーと組んで続々と日本に進出する。ただ、フォションホテルのように国内の既存施設を活用して観光の「質」を高める手法もある。
ホテル運営はフォションからライセンス権を得たウェルス子会社が担う。「(比較的小規模の高級ホテルは)質を維持しやすく、市場にも展開の余地がまだまだある」とウェルスの千野和俊社長は話す。改修でコストとリスクを抑え、ブランド力を借りながら小規模な高級ホテルを運営し、ノウハウを蓄積していく。ウェルスの戦略は、強力なコンテンツを持たない「弱者」が、客単価を高めるアプローチとして参考になる。
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