京セラを世界的企業に育て、日本航空(JAL)を再建した稲盛和夫氏。経営哲学の神髄をくみ取ろうと、多くの経営者が教えを請い、影響を受けた。稲盛氏を近くで見ていた京セラ側近や盛和塾塾生が、カリスマの素顔を語る。

「巨星落つ」。経済や政治など日本社会に大きな影響を与えた希代の名経営者の訃報に、功績をたたえる声、悼む声が相次いだ。
「心に穴が開いたよう」
パナソニックホールディングスの楠見雄規社長は、8月30日昼過ぎ、テレビで流れた字幕にはっとしたという。「非常に尊敬する経営者の一人が亡くなり、心に穴が開いたようだ」と追悼した。ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は「ポストコロナ時代にますます存在感を発揮されるものと思っていた。とても残念でならない」と悔やんだ。
逆境の経営者だった。誰も知らなかった京セラを世界的なICパッケージの企業に育て、通信自由化を受けて独占企業だったNTTに挑戦、そして破綻したJALを再生させる。強烈な向かい風が吹いたが、それをはねのけながら稲盛氏が紡いだ言葉は今なお多くの経営者を引き付ける。
稲盛氏は人生や経営の経験から導き出した独自の哲学を唱えた。「人間として何が正しいか」を基本に、倫理観や社会的規範を重視し、「動機善なりや、私心なかりしか」「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」など分かりやすい言葉に落とし込んだのが「京セラフィロソフィ」だ。
この経営哲学を土台に、組織を小さな単位に分けて採算管理を徹底させる「アメーバ経営」を生み出した。各リーダーが計画を立て、メンバー全員で知恵を絞り、努力し、目標を達成する。リコーの山下良則社長は「社員に責任を持たせれば働く意欲も増す、という考え方に大いに感銘を受けた」と話す。同社が2021年にカンパニー制を導入したのは、社員が自ら責任を持ち、モチベーションを高めてもらう意味があったという。
晩年の稲盛氏は沈黙を保った。京セラへの最後の出社は約2年前で、自宅で家族と過ごした。もうその教えを直接聞くことはかなわない。いま一度、薫陶を直接受けた人々にその神髄をひもといてもらおう。
リーダーに説いた熱意と数字
「善きことは必ず成功する」。京セラで稲盛氏の側近だった大田嘉仁氏(現MTG会長)が、約30年前に秘書となったころ稲盛氏から渡されたメモにはこんな趣旨の一文がある。きちょうめんな性格が伝わる字体で、大田氏は大切に保管している。
「人生は必ず、つじつまが合う。善きことをすれば善きことが返ってくる」と稲盛氏は常々、口にしていた。大田氏は「科学者で技術屋。計算が合うことしか信じなかった」と振り返り、合理的な人物だったと評する。
稲盛氏は生前、「利他の心」が重要だと説いた。10年、破綻したJALの会長として無報酬で再建に乗り出したのもその哲学が背景にあった。大田氏は会長補佐として、稲盛氏とともに再建に取り組んだ。
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