上場子会社を22社からゼロに――。日立製作所の東原敏昭会長は6年間のCEO(最高経営責任者)時代に構造改革を進めた。小島啓二社長兼CEOはそのすさまじさを「ブルドーザーのような勢いで『整地』した」と表現する。東原氏に改革の秘訣を聞いた。

(写真=北山 宏一)
(写真=北山 宏一)
東原 敏昭(ひがしはら・としあき)氏
1955年、徳島県生まれ。77年徳島大工卒、日立製作所入社。90年ボストン大院修了。2014年に社長兼COO、16年4月に社長兼CEO、21年に会長兼CEO、22年から現職。

 上場子会社を22社からゼロに――。日立製作所の東原敏昭会長は6年間のCEO(最高経営責任者)時代に構造改革を進めた。小島啓二社長兼CEOはそのすさまじさを「ブルドーザーのような勢いで『整地』した」と表現する。東原氏に改革の秘訣を聞いた。

2022年3月末までCEOを6年務め、改革総仕上げを指揮されました。

 川村隆元会長が巨額赤字のどん底からV字回復まで踏ん張って、上場5社を完全子会社化し、大変な思いで公募増資もした。もうこれ以上悪くならないという形をつくってくれた。

 中西宏明さんは10年度から15年度まで経営を引っ張り、社会イノベーション事業を具体化し、方向付けをした。社会インフラ事業をデジタル化するということですね。その後を継いで私の出番となったのです。

 日立はCEOが絶対的権限を持つので16年度から21年度まで、中期経営計画だと2期やりました。

川村氏、中西氏、東原さんと、3代にわたってなぜ10年以上も途切れず構造改革を継続できたのでしょうか。

 川村さん、中西さんからもらった北極星がはっきりとあるので、目先が多少ぐらついても、この方向だ、とぶれなかった。これが一番大きいですね。川村さんから「もうかる会社にしてほしい」、中西さんから「社会イノベーション事業のグローバル展開をしてほしい」、この2つの宿題をもらいました。

 2桁の営業利益率を目指して頑張らないといけない。何をしたらいいか。考えた結果、情報通信とか電力とか社内カンパニー制というサイロを一回、壊さないとだめだと覚悟しました。

 ビジネスユニットという小さな単位にして、私がその組織のトップと直接会話をして、こんな仕事はだめだ、こう改善してくれ、と直接的に深く関与する形でやりました。スクラップ&ビルドで、19年から5つのセクターにしました(22年から3セクターに絞り込み)。これが社内の構造改革です。

 次が上場子会社が22あったのをゼロにしました。日立化成や日立金属、日立建機などがそうです。考え方は1つです。上場子会社のトップと話をして、「日立の中にいて、グローバル市場で戦えますか?離れたほうが戦いやすいですか」と問うていきました。