事業改革や新規事業のために外部から人材を招くケースが増えている。しかし、いつまでも外部人材に頼っていては自発的な変革は生まれない。3つのキーワードを基に、社内に眠る異能を呼び覚まして活用する極意を学ぶ。

 これまで、伝統ある大企業や組織の中で、出るくい人材として奮闘してきた社員やリーダーを見てきた。だが、多くの企業組織では、今なお異能を使いこなせないでいる。

 「会社を変革したい。やる気はあっても、上司に邪魔をされてしまう」

 60社近い大企業の若手中堅社員を中心とした約3000人の有志が集うコミュニティー「ONE JAPAN」では、変革できない悩みをどう克服すべきかの議論が日々交わされている。共同発起人で、NTTドコモで新規事業の創出などに携わる山本将裕は「新たな挑戦をするにあたって、人・モノ・カネが豊富な大企業は魅力的な環境」と話す。一方で、大企業特有の社内調整が大きな壁となっている。この「大企業病」さえ克服できれば、スタートアップよりも挑戦できる環境が整うという。

「出戻り」が起こす大変革

 大企業病をどのように打ち破るべきか。そのヒントとなる3つの鍵を伝授してくれるのは、パナソニック コネクト社長兼CEO(最高経営責任者)の樋口泰行だ。

25年ぶりにパナソニックに復帰し、変革を推し進めるパナソニック コネクト社長兼CEOの樋口泰行。自分が辞めた理由を一つひとつ潰していき、内向きの社風を大きく変えた(写真=的野 弘路)
25年ぶりにパナソニックに復帰し、変革を推し進めるパナソニック コネクト社長兼CEOの樋口泰行。自分が辞めた理由を一つひとつ潰していき、内向きの社風を大きく変えた(写真=的野 弘路)

 持ち株会社体制に移行したパナソニック ホールディングスで、BtoB(企業向け)事業を担う。約8600億円を投じて完全子会社化したサプライチェーンのソフトウエア大手・米ブルーヨンダーとの一体化を進めるなど、グループ内でも成長のけん引役としての期待が高い。日本ヒューレット・パッカードやダイエー、日本マイクロソフトで経営トップを務め、「プロ経営者」の一人として知られる樋口。グループの中核でありながら、本社を創業の地・大阪ではなく東京に置くなど、矢継ぎ早に改革を進めている。

 樋口は1980年に、新卒で当時の松下電器産業に入社した過去がある。だが数年働くうちに「軍隊的、規律的な企業文化に納得できなくなった」(樋口)。先輩に意見してはいけない、能力を発揮したくても活躍の場が与えられない……。そんな松下に見切りを付け、92年に退社した。

 2017年4月、当時パナソニックの社長だった津賀一宏に請われ、コネクティッドソリューションズ社(現パナソニック コネクト)の社長として「出戻った」(樋口)ものの、眼前には、自分が嫌で仕方がなかった旧態依然とした企業文化がそっくりそのまま残っていた。「外資系と比べると雰囲気がぬる過ぎる。僕のような経営層にかかるプレッシャーはマイクロソフト時代の10分の1くらい。社員も意識が全然違う」(樋口)

 これでは異能人材が異端者として切り捨てられ、かつての自分のように去ってしまう。危機感を抱いた樋口は、社内の「カルチャー&マインド改革」を実行。それは大きく3つのキーワードでくくることができる。

 1つ目は「脱・画一化」だ。「社員が画一的になると、変革が生まれにくくなる」(樋口)として、経営理念を唱和する朝礼を取りやめ、ドレスコードも廃止した。

 2つ目が「脱・内向き思考」。社内会議の数を減らし、会議の資料作成も最小限にする。本業のビジネスに集中できる環境を整えていった。

 そして最後は「社内外の交流促進」だ。お膝元である大阪府門真市にあったパナソニック コネクトの本社機能を東京へ移すと決断。BtoB事業では、顧客の8割が本社を東京に構えている。従来の出張ベースに比べると効率は格段に上がるが、理由はそれだけではない。ライバル企業も多く存在する東京に出ることで、自ら情報を得て、ビジネス感覚を研ぎ澄ます狙いがあった。

 樋口は「社外と積極的に交流しないと、社会に他の価値観があることに気付きにくくなる」と指摘する。