出向や転籍など、回り道を余儀なくされた社員が結果を残し、本体に戻る。保守本流の王道を歩む者には味わえない経験を基に組織改革のタクトを振る。混迷の時代を切り開くはぐれ者トップ、その過去と未来を追う。

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 「新しい価値創造の種をまいていってほしい」。2020年4月、ANAホールディングス(HD)社長の片野坂真哉(現会長)がこんな思いを託し、中核事業会社の全日本空輸(ANA)に招へいしたのが、日本版LCC(格安航空会社)のビジネスモデルを確立させた「異端者」、ピーチ・アビエーション前CEO(最高経営責任者)の井上慎一だ。

全日本空輸(ANA)社長 井上 慎一 氏(写真=つのだよしお/アフロ)
全日本空輸(ANA)社長 井上 慎一 氏(写真=つのだよしお/アフロ)

 三菱重工業を経て1990年にANAに入社した井上。「アジア市場を取り込むLCCのビジネスモデルをつくり上げてくれ」。中国・北京に駐在していた2008年、当時の社長の山元峯生に呼び出され、こう命を受けた。香港に設けられ、部下は1人だけというアジア戦略室のトップに就く。

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 当時のANAにとってLCCは脅威だった。特に国際線事業は本格参入から約20年を経た05年3月期に初めて黒字化を達成したばかりで、収益力の強化は道半ば。LCCとの価格競争が進めば経営体力は弱る。

 とはいえ、羽田空港と成田空港の発着枠の拡大などで海外LCCの日本参入は待ったなしだった。「攻め込まれる前に攻める」べく、ANAはLCCビジネスを自ら手掛けようと考えたわけだ。ただ井上を含め、社内にLCCビジネスの勝手を知る者はいない。顧客のカニバリ(共食い)の懸念も社内外から上がる。

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