鉄道のターミナル駅を中心に広がる東京の街並みは、海外では異質だ。近年は巨額の製作費を見込んで海外映画のロケ誘致の取り組みも進む。開発事業者も、駅を中心とした街づくりの知見を世界に輸出し始めている。

「映画の撮影用に、大規模なロケセットを組める場所を探している」
2019年5月、栃木県足利市の担当職員は、東京の美術制作会社からそんな相談を受けた。広さを確認すると約2ヘクタールと、「聞いたことがないスケールだった」(あしかがフィルムコミッション・相澤直人室長)。海外映画を含む3本の作品を撮る予定だといい、河川敷の市有地を有償で貸し出した。工事前に図面を受け取って驚いた。造ろうとしていたのは渋谷のスクランブル交差点の実物大のロケセットだったのだ。
ロケ誘致に大きな経済効果

撮影された映画は、中国の人気シリーズ「唐人街探偵」の3作目。東京を舞台に妻夫木聡さんや長澤まさみさんも出演した。海外作品のロケを国内に誘致するために内閣府が行った実証調査の対象作品で、報告書によると国内だけで約30億円の直接経済効果があったという。
ロケセットは撮影後に取り壊す予定だったが、足利市がスタジオとして誘致し、20年6月に「足利スクランブルシティスタジオ」を開設した。以来、ドラマやミュージックビデオの撮影の問い合わせが絶えない。

足利市で東京を「再現」した背景には、東京都では道路などの使用許可が下りず、リアルな撮影が難しいという現状がある。都の外郭団体でロケ誘致を担う東京ロケーションボックスの田中克典・担当課長は、「東京は世界で最も映画が撮りにくい都市だと思われてしまっている」と説明する。
これまで東京の街並みを撮影したくても許可が下りず、街並みの似た韓国や台湾などにロケが流れた海外作品は少なくないという。
こうした状況に新型コロナウイルス禍が風穴を開けつつある。テレワークが進みオフィスが撤退したビルや、宿泊者が減ったホテルなどが撮影場所に名乗りを上げ始めているのだ。東京ロケーションボックスによると、撮影場所としてリスト登録を希望する施設の数は、コロナ前の19年3月と直近を比較すると1.4倍の約2800件に増えている。
渋谷駅から程近いセルリアンタワー東急ホテルもその一つだ。コロナ前は宿泊客の7割を外国人が占めていた。ところがコロナ禍の深刻化によって稼働率が8割から2割に転落。目をつけたのがスイートルームなどの非宿泊者向けの貸し出しだった。当初は服飾品の展示会などの開催を想定していたが、映画やドラマのロケ需要が思いのほか高かったという。
なかでも渡辺謙さんらが出演したハリウッドとWOWOWの共同制作ドラマ「TOKYO VICE」では、客室最上階をフロアごと貸し切って撮影。約1週間で1000万円の収入があった。同ホテル販売促進部の長谷川達宏氏は「海外作品は落ちる金額が桁違いだ。作品の人気が出ればロケ地として集客効果も見込める。ホテルも海外映像関係者を招くなど、MICE(国際会議や大規模展示会など)のような形で東京への作品誘致に貢献したい」と話す。
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