この記事は日経ビジネス電子版に『「LNG爆食」の中国、あおりで日本が調達できなくなる日』(6月29日)などとして配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』7月4日号に掲載するものです。
日常生活に不可欠なエネルギーや食料、成長戦略を支える技術や人材。これらは、経済安全保障を支える重要な柱だが、実態は心もとない。現状や課題を整理して、安定成長への処方箋を考える。

海外依存のエネルギー
頼みの綱「LNG」に迫る調達不調
5月下旬、4年ぶりに韓国の第3の都市、大邱で開催された世界ガス会議。国際会議場の入り口をくぐると、広大なフロアが目前に広がった。ここは、天然ガス、液化天然ガス(LNG)を扱う世界のエネルギー企業のブースエリア。ガス供給者の英シェルや米エクソンモービルといった欧米メジャーなど世界を代表する数十の企業がブースを構え、通り行くビジネスマンに声を掛けていた。
だが、今回のガス会議は前回と様相が異なった。常連だったロシア最大手の国営ガス企業、ガスプロムがいない。ガス会議の主催者が、ロシア企業の参加を認めなかったからだ。そして、中国のブースもパネル展示のみで閑散としている。西側諸国の企業を中心ににぎわうガス会議は現在の世界のエネルギー事情を表しているかのようだ。
そんな中、各社ブースを回り、海外企業幹部にしきりに声を掛けていたのは東京電力ホールディングス(HD)と中部電力が折半出資する日本最大の発電会社、JERAの可児行夫副社長。同社の主力がLNG火力発電所で、LNG調達量も東京ガスの2倍超と日本最大。だが、ウクライナ危機の影響で先行きは怪しい。日本が権益を持ち年間約500万トンを調達しているロシアの天然ガス開発事業「サハリン2」はいつ途絶するか分からない。脱炭素化で世界の天然ガス開発も絞られている。JERAは今、厳しい状況に置かれている。
可児氏はLNGの安定調達が揺らいでいることに対し、「残念ながらマジックのような解決法はない」と話す。ガス会議の場ではオーストラリアのエネルギー最大手、ウッドサイドのメグ・オニール最高経営責任者(CEO)を含む複数の海外企業幹部と商談した。「調達問題を乗り越えるには業界全体で取り組まなければならない。最終的には人間関係」と可児氏。今できるのは、西側諸国の企業と連携を深めることくらいだ。
原子力発電所の稼働が進まない中、日本ではLNG火力が事実上、安定的な出力を担うベース電源になっている。2020年度の日本の発電電力量のうちLNG火力が占める割合は41.9%と石炭火力(32.5%)を超えて最大だった。今や、日本経済はLNGなしには立ち行かない。
1969年、東京ガスとJERAの親会社の東京電力が世界で初めて米アラスカから輸入を始めたLNG。資源小国の日本は、天然ガスを零下162度まで下げて液化し運搬する技術を確立し市場を長らく独占してきた。だが、この十数年で様相は一変した。2000年以降に韓国や台湾が参入し、そして中国が06年にLNG輸入を始めた。
21年、中国は初めて輸入量で日本を上回り世界トップに立った。背景にあるのは経済成長による電力需要の増加。日本では横ばいだが、中国はこの20年で13倍に増えた。直近の中国の電力需要は日本の約8倍。海外電力調査会の渡里直広・中国北東アジアグループリーダーは「需要が右肩上がりの国に、売り主が売りたくなるのは当然」と話す。そうなれば相対的にバーゲニングパワー(交渉力)が低下するのが日本だ。
必要量低下が分かってしまう
「数年に及ぶこともある」(JERAの川嶋充・新規LNG販売・調達ユニット長)LNGの売買交渉。対等な関係が理想だが、現実は違う。今、日本などの買い手は交渉の場で圧倒的に不利な立場にある。ロシアリスクで欧州連合(EU)諸国が新たにLNG調達に手を伸ばし始めたことで、需給が逼迫しているからだ。
相手の弱点はどこか。少しでも有利に交渉を進めるため、売り手が買い手の足元を見てくるのは当然。だが、世界的にLNG価格が上昇し始めていた21年夏、日本ではその後の交渉力を左右する出来事があった。

「30年度の日本のLNGの必要量が今より2000万トンも下がることが世界に分かってしまう。中国、韓国に比べて悪い条件で買わされる」
21年8月4日、東京・霞が関の経済産業省。総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会で橘川武郎委員(国際大学副学長)が、策定作業中の第6次エネルギー基本計画の素案に反対を表明した。問題視したのは30年度の電源構成のLNGの割合だ。経産省は従来の27%から20%に下げる内容を盛り込んだ。しかし、業界関係者が見れば、30年度に必要なLNG量が21年度比で約2000万トンも減少することが分かってしまう。
すでに公にされていた第6次計画の素案。日本の交渉相手や競合国に知られれば足元を見られかねない。多くの国は二酸化炭素(CO2)排出量の目標は出すが、電源構成の細かな数字まで明らかにしない。「中国からは燃料の購買情報はほとんど出てこない」(海外電力調査会)。日本のように詳細情報を出す国はまれだ。
「これまで築き上げてきたLNG調達国のポジションを失う」(三井住友銀行の工藤禎子氏)、「慎重な記述が重要」(地球環境産業技術研究機構の秋元圭吾氏)──。懸念は他の4人の委員からも示されていたが、第6次計画は予定通り策定された。
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