この記事は日経ビジネス電子版に『霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか』(5月31日)として配信した記事を雑誌『日経ビジネス』6月6日号に掲載するものです。
日本の司令塔、霞が関の中央省庁が深刻な人材危機に直面している。国家公務員の志望者は減少傾向にあり、若手を中心に離職者も増加の一途。旧態依然とした労働環境や社会的評価の低下が、人を遠ざけている。
5月20日、いつにも増して静まり返る財務省を幹部が朝から駆け回っていた。未明に電車内で他の乗客に暴行を振るったとして、総括審議官(当時、20日付で大臣官房付に更迭)の小野平八郎容疑者が逮捕された。その後処理に追われていたのだ。
省内で「周囲に声を荒らげることはなく、仕事もそつなくこなす」(主税局関係者)と評されていた小野氏に何があったのか。
総括審議官は政府の経済財政諮問会議に絡む業務が多い。複数の関係者の話を総合すると、6月上旬に閣議決定される「骨太の方針」について、小野氏は財務省の意向を反映させるため自民党との調整に追われていた。
自民党には財政再建派の「財政健全化推進本部」(額賀福志郎本部長)と、積極財政派の「財政政策検討本部」(西田昌司本部長)がある。国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2025年度に黒字化する政府目標の取り扱いを巡って対立しているが、参院選を7月に控える今は、政局化を避けることで内々に合意していることで知られている。
財政健全化推進本部は5月19日、小野氏が作成したドラフトを基に官邸宛ての提言をまとめようとした。しかし財政政策検討本部側に抵抗されて断念。結局、額賀本部長が預かって骨太の方針に押し込む流れになった。
機関決定の見送りは、小野氏にとって財務省から課せられたミッションの失敗を意味する。その日の夜、小野氏は複数の会合を重ねて痛飲したとみられる。
「出世しても潰れる」不安
財務省の中堅幹部はこう漏らした。「いくら昇進レースで懸命に勝ち残っても、一寸先は闇ということだ。もちろん許される行為ではないが、霞が関の一員としてむなしいし、正直に言うと少なからず同情できる面もある」
今回の事件が霞が関に広げた波紋は、単なる「有力幹部の不祥事」レベルにとどまらない。特に若いキャリア官僚の間では、「順調に出世して事務次官のポストが見えていても、強いストレスによって潰れてしまう」(総務省課長補佐)という捉え方にみられるように、自らの将来を不安視する向きが強まっている。
働くステージとして、霞が関の人気は右肩下がりが続いてきた。21年の国家公務員総合職(キャリア)の採用試験申込者数は1万7411人と、5年連続で過去最少を更新した。22年春の試験は1万5330人と6年ぶりに増加に転じたものの、底を打って低迷を完全に抜け出すだけの目ぼしい材料はない。

Powered by リゾーム?