この記事は日経ビジネス電子版に『LCCピーチの「旅くじ」に大行列 あえて不便なものが売れるワケ』(5月19日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』5月23日号に掲載するものです。

コロナ禍になってから、今までなら考えられなかった商品やサービスが売れている。行き先を選べない「旅くじ」に長蛇の列ができ、「焼けていないパン」が大ヒット。あえて不便なものを選んでしまう背景には、知られざる消費者の心理があった。

 4月29日、午前11時。東京・渋谷の「渋谷PARCO」の開店と同時に、店内4階の特設会場に設置されたカプセル自動販売機の前に多くの若者が詰めかけた。彼ら彼女らのお目当ては、格安航空会社(LCC)のピーチ・アビエーションがゴールデンウイーク限定で企画した「ペア旅くじ」。1回1万円でカプセルを引け、中には航空券の購入に使える1万2000円分または2万円分のポイントクーポンが入っている。ただし、行き先が1つだけ書かれており、それ以外の路線には使えない。

 このゴールデンウイークは特別なペア仕様となったが、もともとは1回5000円で、6000円分または1万円分のポイントが得られる「旅くじ」。2021年8月に大阪の心斎橋PARCOで細々と販売を始めたところ、SNS(交流サイト)上で話題に。10月に東京で販売すると行列ができ、用意した1800個はわずか3日間で完売してしまった。その後、ピーチが就航する名古屋、福岡、札幌でも販売を始め、22年3月には回転ずし大手「スシロー」の店舗でも販売。これまで累計で2万3000個を販売する大ヒット企画となっている。

不便よりもワクワク感

 このヒットの後、21年12月には東武鉄道、22年1月にはプリンスホテルが、ホテルの宿泊券や食事券が当たる同様のくじを実施。参加希望者が殺到し、受け付け開始の時刻より前に整理券の配布が終了したり、ウェブで事前抽選を実施したりするほどの人気ぶりだった。ホテルがピーチの後追いをしたのは間違いなさそうだが、人気の理由は実は異なる。

 ホテルのくじの場合、東武は参加費5555円で最高10万円相当、プリンスホテルは同1万円で最高250万円相当の宿泊券が当たることが話題になった。どのホテルが当たるかは運次第だが、それだけ得ならば選べなくても納得がいく。

 しかしピーチは参加費5000円に対して、当たっても1万円分、ほとんどのカプセルには6000円分のポイントしか入っていない。たった1000円しか得でないのに、行き先は勝手に決められてしまう。合理的に考えれば旅くじではなく、行き先を自由に選べる通常のチケットを買えばいいように思える。

 企画したピーチの小笹俊太郎ブランドマネージャーは「コロナ禍で飛行機の利用が激減。ワクワクしてもらえる体験を提供することで、旅行を意識していない人にも振り向いてもらいたいと考えた」と旅くじの発想のきっかけを話す。

旅くじを企画したピーチ・アビエーションの小笹俊太郎ブランドマネージャー。「行き先が選べない」にもかかわらず2万個以上を売るヒットに(写真=古立 康三)
旅くじを企画したピーチ・アビエーションの小笹俊太郎ブランドマネージャー。「行き先が選べない」にもかかわらず2万個以上を売るヒットに(写真=古立 康三)

 ではどうすればワクワクさせられるのか。「世の中は今、購買履歴など過去のデータに基づいたレコメンデーション(お薦めの表示)であふれている。その人が思いもしないことにこそワクワク感があるのではないか」。小笹氏はそう考えた。とはいえ社内では「こんなもの売れるわけがない」と冷ややかな声が多かった。

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