百貨店が「サブスク」開始

 インバウンド(訪日外国人)の蒸発で苦境にあえぐ百貨店業界で、目標超えの好発進を切った事業がある。大丸松坂屋百貨店が21年3月に始めた「AnotherADdress(アナザーアドレス)」だ。月額1万1880円で、好きな服を3着まで1カ月間レンタルできる「ファッションサブスク」だ。

 1000人程度と見込んでいた登録会員数は約8000人に到達。45歳前後を中心に、ファッション好きの女性の心をつかんでいる。

 現在レンタルできるブランド数は113。平均売価は4万~5万円で、中には40万円近いトレンチコートも含まれている。買うよりもはるかに安く試せて、1着借りれば元が取れた感覚になるのも人気の理由だ。

 売り切り型ビジネスの百貨店にあって、服のレンタルは自社競合を起こしそうだが、事業責任者の田端竜也氏は「百貨店のカード会員と、アナザーアドレスの利用者はほとんどかぶっていない」と語る。

 定額料金で稼ぐサブスクビジネスは、物価の変動に左右されにくい。先行投資がかさんだため、この事業単体の黒字化はまだ先の見通しだが、田端氏は「5年目には年商50億~60億円の事業に育てたい」と意気込む。

「ビジネスを3層構造に」

 製造業でサブスクを始めたのが、電子部品大手の村田製作所だ。京都市の錦市場商店街で、21年12月から22年3月まで実証実験を行った。二酸化炭素(CO2)濃度をリアルタイムで「見える化」して分析するソリューション「AIRSual(エアジュアル)」を活用し、商店街の中のCO2濃度を計測。新型コロナウイルスの感染リスクを下げる対策作成に役立つ取り組みだ。

 村田は積層セラミックコンデンサーで世界シェア40%を誇るが、常に低価格の競合品がある。そこで標準品ビジネスからの脱皮を急いでいる。

 3層ポートフォリオ──。村田が段階を踏んで30年以降に確立を目指す成長戦略だ。コンデンサーなど従来の標準品ビジネスが1層目、カスタマイズ色が強い用途特化型事業が2層目、そして非連続の新たなビジネスモデルが3層目。今後は、3層目を厚くしていこうとしている。

 実際、村田はエアジュアルのような空間可視化に加え、工場の遠隔監視、生産現場の稼働率改善といった幅広い用途に向けて、機器だけでなく運用システムも提供できる。手数料や定期利用料金で息長く稼ぐ「製造サブスク」が、将来の稼ぎ頭になる可能性は十分にある。

 どんなに強い企業も、同じビジネスを続けていては生き残れない。時代とともに変革し、新事業に挑戦する必要があることは、歴史が証明している。かつての狂乱物価が産業構造を変えたように、今回の「絶望物価」も新時代の幕開けとなり得る。今、アクセルを踏むか、耐え忍ぶのか。半世紀後に振り返ったとき、歴然とした差になっているに違いない。

 INTERVIEW 
大正大学・小峰隆夫教授に聞く
物価上昇が日本の強みを磨いた

 1970年代に起きた2度の石油ショックは人々の暮らしや企業活動に大きな影響を与えました。

 特に73年から始まった第1次石油ショックでは原油価格が約4倍になり、発生以前からマネーサプライの急増などで起きていた2桁の消費者物価の上昇は29カ月間にも及びました。当時の福田赳夫蔵相が「狂乱物価」と表現したことはよく知られています。

 物価が10%上がる状況は生活者にとって大変なことです。1000万円を貯金していたとしても、気づけば約100万円分が目減りしているわけです。各地でトイレットペーパーなどの物不足を懸念した騒動も起こりました。

 このときは石油価格上昇による「輸入インフレ」に加え、賃金も上昇したことで国内要因による「ホーム・メイド・インフレ」も発生。物価上昇が長引くことになりました。第2次では、そうした経験から輸入インフレまでにとどめようという考えが起こり、賃金コスト圧力は高まりませんでした。そのため、第1次と比べると物価上昇は短期で収まり、消費者物価の上昇が2桁を超すこともありませんでした。

 2度の石油ショックの影響は異なったわけですが、断続的に物価上昇が訪れたことは日本の企業に大きな変化をもたらしました。

 例えば、自動車産業では燃費のいい車がどんどん造られるようになりました。「石油は貴重なもの」「大切に使わないといけない」との意識が、消費者も含めて高まったことが背景にあると言えます。車だけではありません。危機的な状況だったからこそ、省エネ型という日本製品の強みが生まれ、それが80年代からの発展へとつながっていきました。

 では、今回の物価上昇ではどうでしょう。ガソリン補助金が導入されているように、政府はむしろこれまで通りの消費を推進し、構造改革のきっかけとは考えていないように見えます。

 とはいえ、財源には限りがある。そして企業に対するコスト上昇の圧力も高まっています。技術革新や新たな付加価値を生み出す転機となる可能性があるのではないでしょうか。(談)

日経ビジネス2022年5月16日号 28~31ページより

この記事はシリーズ「絶望物価 負のスパイラルが始まった」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。