この記事は日経ビジネス電子版に『1000人調査 社員は「転勤命令」をどう受け止める 懸念は家族』(4月4日)、『70社の人事に聞く「わが社が転勤制度を見直す理由」』(4月5日)などとして配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』4月11日号に掲載するものです。

転勤廃止の流れは不可逆的だが、ゼロにはできない企業もある。代表例は本社から離れた各地の工場が付加価値を生む製造業だ。それならばと、転勤を人材育成の手段として位置づける動きが出ている。

クボタでは全国13の販売会社に農業機械の営業職の新人を1年間、教育出向させている
クボタでは全国13の販売会社に農業機械の営業職の新人を1年間、教育出向させている

 言葉の端々にあふれる自信からは、出向先で送った有意義な日々が垣間見えた。

 「農業白書のような資料を通してしか知らなかった農業の実際の現場も知ることができた」──。クボタの農機国内営業部ディーラーサポート課の今野萌子さんは、販売会社「みちのくクボタ」(岩手県花巻市)への1年間の出向をこう振り返る。

製造業で転勤ゼロは不可能

 PART1でも触れてきた通り、共働き世帯の増加をはじめとする働き手の多様化で、転勤制度は限界を迎えている。大局的に見れば縮小・廃止へと進んでいくだろうことは間違いない。

 一方で、特有の事情から転勤を完全になくすのは難しい業種もある。転居しないで働き続けるためには、リモートワークが可能な環境が必要だが、なじまない場合もある。また、各地の製造や販売の拠点の実態を知ることが、自身のキャリアにとってはもちろん、将来の経営を担う人材の育成といった面で会社にとっても不可欠なケースもあるだろう。

 代表例は本社から離れた各地の工場で付加価値を生み出している大手製造業だが、そんな業界にあって転勤ゼロが不可能ならば、いっそのこと転勤によるローテーションに積極的な意味を見いだそうというのがクボタの流儀。農業機械の営業に配属された新人を対象にした教育出向も一例だ。

 教育出向は、普段は接点のないエンドユーザーである農家や、販売の最前線に立つセールス員と向き合う貴重な経験になる。出向期間は1年間。農機国内営業部長の鶴田慎哉エグゼクティブオフィサーは「販売しているのは決して安くはない商品。1台の重みを実感してほしいし、クボタのブランドを背負って日々活動しているのは誰なのかを知ってほしい」と語る。

 2019年4月に入社した今野さんは、教育出向のため8月に花巻市に引っ越し。現地では営業車の軽トラックに同乗して、担当エリアの青森・岩手両県の農家を回る日々を送った。販売促進のチラシを作り、トラクターでのけん引作業も体験したという。1年間で得た経験は、販売会社のセールス員のサポート役という今野さんの現在の仕事に生きている。

 ただし、クボタも手放しで転勤を是としているわけではない。人事課長の杉本良太氏は「転勤は非効率で良いものではないという意識は持っている」とはっきりと断る。転勤を巡っては、社員個人の事情に配慮するだけでなく、社員が腹落ちしているかどうかも重視しているが、象徴的なのは19年に踏み切った紙の異動辞令の廃止だ。

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