この記事は日経ビジネス電子版に『シンガポールを丸ごとデジタル化 データ集める車が社会課題解決担う』(3月10日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』3月14日号に掲載するものです。
交通混雑や事故を減らし、人々の安全で快適な暮らしを支える──。ソフトウエアを身にまとった未来の車はもはや単なる移動手段ではない。無数の車が集めるデータが切り開く、未来の社会と商機を展望する。
走行中の自動車からリアルタイムで集めたデータを基に都市インフラを整え、社会課題を解決する──。東南アジアのデジタル先進国シンガポールで、そんな未来を生み出すプロジェクトが進む。
その名も「バーチャル・シンガポール」。550万人が暮らす都市国家の建物や道路を精緻な立体モデルとしてコンピューター上に再現。天候や時間帯、車や歩行者の通行量など条件を自在に変えながら、インフラや商業施設、居住地の整備といった都市開発についてシミュレーションできる。同国のリー・シェンロン首相が提唱する「スマート国家」構想の取り組みの一つだ。

フランス西部レンヌでも同様のプロジェクトが進む。いずれの街も導入しているのが、3次元(3D)ソフト大手、仏ダッソー・システムズのソフト「3Dエクスペリエンスプラットフォーム」。今後、賢いソフトとそれを強力に動かす頭脳(半導体)を載せた自動車が、「走るセンサー」として街の情報を収集する。ソフトはいわば車と街を結ぶ「懸け橋」だ。
車から膨大なデータを吸い上げることで都市の姿をリアルタイムで正確に可視化する。交通量に応じた道路改修など現実に即したインフラ運営に役立てる。「ソフトがハードを決める時代になる」。ダッソーのバイスプレジデント、ギョーム・ジェロンドー氏はこう強調する。
これらのデータはビジネスチャンスを生む。例えば「家族連れはある特定のルートをよく通る」「40代男性の多くが夜間、オフィス街から飲食店に車で立ち寄っている」といったデータが得られれば、ターゲットに応じた品ぞろえの充実や出店計画づくりに役立つ。
スマートシティーを支える
先端デジタル技術を都市づくりに生かす「スマートシティー」の試みが世界各地で進む。完成形が姿を現すにはまだ時間を要するが、その実現を支える要素として、賢い車「スマートカー」の様々な活用法の実証作業が進んでいる。
「駅前が大変なことに」「台風が来たみたいな風とスコールと雷だ」。2020年8月12日午後2時すぎ、さいたま市や川口市など埼玉県南部をゲリラ豪雨が襲い、SNS(交流サイト)に事態の深刻さを伝える書き込みが相次いだ。2時46分には県の南中部や南東部に大雨警報が、3時4分には南中部に洪水警報が発表された。
これに先立つ2時半ごろ、ネット上で公開されていた「冠水検知マップ」に、この地域について「道路冠水の恐れがある」との表示が現れた。このスピーディーかつ的確な情報発信を支えたのが、地域を走る車から吸い上げたデータだった。具体的には、冠水箇所ではアクセルを踏んでも車の速度が上がりにくくなる傾向を踏まえ、そうした現象が起きている場所を人工知能(AI)を活用して特定した。
Powered by リゾーム?