この記事は日経ビジネス電子版に『巨大化する車載ソフト開発に人材難の壁 日産はインドの巨人と組む』(3月10日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』3月14日号に掲載するものです。

100年に1度とされる変革期を迎えた自動車業界が人材難にあえいでいる。急激に押し寄せたソフトウエア化の波に対応できる技術者が足りないのだ。ソフト開発の壁をどう乗り越えるか、各社にとって避けては通れない難題だ。

入社2年目で日産のソフト技術の研修に参加した髙橋氏。プログラムの内容を「魅力的」と語る(写真=中山 博敬)
入社2年目で日産のソフト技術の研修に参加した髙橋氏。プログラムの内容を「魅力的」と語る(写真=中山 博敬)

 全長50cmほど゙の車の模型が床に張られた金属線をなぞるように、時速1kmのペースで自動走行する。人工知能(AI)の開発に向くプログラミング言語「MATLAB(マットラブ)」などを研修生が学び、模型の頭脳に当たるソフトウエアを作る。

 ここは日産自動車が2017年に立 ち上げた「日産ソフトウエアトレー ニングセンター」。技術者はソフトの知識を4カ月がかりでたたき込まれ、最終的には量産車向けのソフトウエア開発に取り組む。

 「ソフトを作り、すぐにデモ機を走らせられる。大学院の時よりも勉強はハードだが、開発の一連のプロセスを知れるのは魅力的」。入社2年目で研修に参加したパワートレイン・EV制御技術開発部の髙橋壮太氏は話す。参加者には20代や30代の技術者が多く、エンジン制御、先進運転支援システム(ADAS)からモータースポーツまで出身部署は多彩だ。

 これまでメカニックを中心とした自動車開発の世界では分野ごとに部署が分かれ、技術者はその中で専門性を磨いてきた。一方、ソフトは技術進歩が速く、技術者一人ひとりの専門分野を越えた知識も必要になる。同センターの設立に携わった日産の豊増俊一フェローは、「ソフトとハードは双子のようなもの。両方の知識がなければ、将来の自動車を開発できない」と話す。

 日産は22年度までに500人規模のソフト開発者を育てて、CASE(つながる車、自動運転、シェアリング、電動化)対応の次世代技術を開発する。

日産の研修センターで学ぶ技術者(上)。研修プログラムを支えるTCSはインドを代表するITサービス企業だ(下)(写真=上:中山 博敬)
日産の研修センターで学ぶ技術者(上)。研修プログラムを支えるTCSはインドを代表するITサービス企業だ(下)(写真=上:中山 博敬)

 実はこのセンターでの研修を支えるのがタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)。21年3月期の連結売上高が1兆6417億ルピー(約2兆5000億円)、世界に約55万人もの従業員を抱えるインドの巨大IT(情報技術)サービス企業だ。自動車向けソフトの開発者だけでも1万人を擁する。かねて日産のソフト開発の一翼を担ってきた。

 インド南部チェンナイ南方の街シルセリ。TCSはそこに独自の自動運転道路を構える。日々自動運転車を走らせ、データを集める。そのデータが自動運転車のAIの開発に役立つ。日産は自動車向けソフト開発の知見とともにソフト技術者の育成ノウハウも持つTCSの協力を得て、40以上の講座をそろえた。

 未来の車開発でソフトの比重が大きくなる中、自動車メーカーにとって開発リソースの確保が切迫した課題だ。日産をはじめとする自動車メーカーが人材育成を急ぐ一方でインド企業に開発委託したりする背景には深刻なマンパワー不足がある。

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