分配を重視する岸田文雄政権だが、首相肝煎りの政策で早速つまずいた。相場のけん引役だったトヨタ自動車の変化で、春季労使交渉も行方が晴れない。賃金水準の低い日本。このままでは諸外国に後れを取るばかりだ。

 「基本給の引き上げにこだわっていたのに、財界の反発が避けられないとなるや、瞬く間にトーンダウンしてしまった」──。岸田首相が2021年10月の就任以前から、強い意欲を示してきた賃上げ税制の決着を巡り、関係省庁の幹部は嘆く。

産業界反発、あきらめたベア

 自民党は当初、基本給を底上げするベースアップ(ベア)を実施した企業を税制優遇の対象とする制度設計を目指していた。ベアが実施されれば、個人消費が活発になって景気回復に弾みがつき、一段の賃上げにつながる。デフレ脱却に向け、そんな好循環を生み出すためだった。

 党幹部の間には、従来の賃上げ税制を巡る問題意識もあった。適用条件に賞与が含まれたことで、恒常的な賃上げにつながらなかったという反省だ。

 しかし、将来にわたって人件費負担を増大させるベアを前提とした制度設計に、産業界は強く反発した。「大半の企業が利用しないような制度になってしまっては、賃上げ税制は絵に描いた餅になる」と、突き放すようなメッセージを水面下で発した。

 「新しい資本主義」というメッセージを掲げ、分配を強調した岸田首相。側近として制度設計を担った自民党の宮沢洋一税制調査会長は現在でも、「我々が目的とするのは労働分配率の向上。やはり本来の筋は基本給であり、業績連動型の賞与ではない」という考えを維持しているが、今回は賞与を含む給与総額の増加を対象とする案でまとめざるを得なかった。

岸田文雄首相(中)は成長と分配をキーワードに「新しい資本主義」を掲げた(写真=共同通信)
岸田文雄首相(中)は成長と分配をキーワードに「新しい資本主義」を掲げた(写真=共同通信)

 バブル崩壊と金融不安を経て、日本では00年代に多くの企業で「ベアゼロ」が常態化していた。この風向きを変えたのは政治の力だった。

(写真=共同通信)
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 12年末に発足した第2次安倍晋三政権は「政労使会議」を立ち上げて、経済界や労働組合の代表らを官邸に招いて議論を重ね、賃上げの機運を醸成した。安倍首相自らも幾度となく経済界に賃上げを呼びかけた結果、14年の春季労使交渉(春闘)では大幅なベアに踏み切る企業が相次ぎ、中小企業を含めた賃上げ率が15年ぶりに2%を超えた。